Vol.15 レジ係は名優だった

  • 2010.03.30 Tuesday
  • 10:18
レジ係は名優だった

 

 

 

 

 

その15 レジ係は名優だった

 


キヨコさん、キヨコさん、ビッグニュースよ」
「何、何、どうしたと」
「ユカちゃんが今夜のテレビに出るげな」
「えっ、何で、何で」
「あのね、N高校の演劇部の公演が八千代座であるとたい。ユカちゃんが

主役なんよ。今毎日練習しよるとばってん、その練習風景を今夜テレビが

生中継するとげな」
「へーえ、主役。八千代座で公演。すごーい」


 八千代座は温泉で有名な熊本県山鹿市にあり、国が重要文化財に指定し

た古式ゆかしい劇場である。創業当時の姿をそのまま残していて、文化財

指定の折には記念切手にもなった。かの坂東玉三郎がえらく気に入って、

再三公演に来るという、実にたいした劇場なのである。その八千代座でN高

演劇部が公演、しかもユカちゃんが主役。これは確かにビッグニュースだ。
「そうか。それでさっき高校にテレビの中継車が来とったもんね」
「そうそ、北側駐車場に出た時、見えたもんね」
「わー、絶対見よう。あっ、店長。知ってますか。ユカちゃんがテレビにで

るんですよ」
 午後三時の休憩室は大騒ぎである。
       ◇  ◇  ◇
 ユカちゃんはアルバイトのレジ係でN高校の三年生である。夕方5時に出勤

してきて、夜の部の2番レジを担当する。はきはきとした言葉使いとあふれる

笑顔でお客さんに好かれ、もちろん店長も大のお気に入りである。


 そうか、彼女はN高の普通科演劇コースの生徒だったのか。あの、はっきり

とした発音と明るく大きな発声は演劇によって鍛えられたものだったのか・・・・・・。
       ◇  ◇  ◇
「○月×日、レジの山野ユカさんがN高の八千代座公演で主役をつとめます。

今夜6時50分ごろ、テレビが練習風景を生中継します。見られる人はぜひ見て

ください」


 事務局長が掲示板に案内を貼り出したので、その時間に合わせて休憩時間を取

った従業員が、ぞくぞくと休憩室に集まって来る。一番前の良い席には店長が陣

取り、レジのチーフもサブチーフも、事務局長もマネージャーもいる。売り場の

方は大丈夫なんだろうかと心配になるほどだ。


 あと8分、あと5分、あと3分。
 この際どうでもいい交通事故のニュースがいつまでも終わらない。えーい、早

く終われ。
 さあ、やっと始まった。見たことのある高校生たちが、テレビの画面の中で元

気に飛びはねている。


「やあ、あの子はよくおにぎりを買いに来る子だよ」
「あら、雑誌売り場でいつも立ち読みしよる子がおる」
 みんな大喜びである。でも、ユカちゃんはなかなか出て来ない。「ユカちゃんは

どこやろか。同じ年ごろの子ばっかりやけん、わからんねえ」


 みんながじりじりしていると、キャスターが一人の女の子にマイクを向けてイン

タビューを始めた。あっ、ユカちゃんだ。店のエプロンをつけてレジを打っている

時とは全然感じが違うので、すぐにはわからなかった。キャスターの
「ずいぶん練習をするんでしょ。夏休みも返上じゃないんですか。暑いから練習も

きついでしょうね」
という質問に
「ハイ。でもとても楽しいです。お客さんに感動してもらえるようなお芝居をしよ

うねって、みんな気持ちが一つになってますから」
と、ニコニコと答えた。仕事の時と同じ、はっきりとした明るい声、あふれる笑顔

、可愛いなあ。店長はもう、とろけそうな笑顔でテレビに見入っている。
       ◇  ◇  ◇
 カメラは生徒達の練習の様子を写し、指導者の先生にインタビューし、最後に出

演者が勢揃いして「公演は○月×日です。皆さん、ぜひ見に来てくださーい」と頭

を下げた所で放送を終わった。


 顔がこわれてしまうのではないかと心配するぐらい相好をくずしっ放しだった店

長は、放送が終わったとたんに真面目な顔になり、
「なんだ、あいつ。仕事をさぼってテレビなんかに出て。レジはどうするんだ」と

言った。
 おーお、うれしくてたまらないくせに無理しちゃって・・・・・・。
       ◇  ◇  ◇
 この話には後日談がある。高校生の演劇公演などなんぼのものかと思いつつ、ユ

カちゃんが出るから仕方がないと八千代座へ出かけて行った店長は、その劇の予想

をはるかに超える素晴らしさに圧倒され、心の底から感動して帰ってきた。公演の

間すやすや眠って、日ごろの睡眠不足を補うつもりだったのに、眠るどころか泣い

たり笑ったり感動したり、えらく忙しかったそうだ。


「うちのレジ係は名優だったんだなあ」と、感心することしきりである。
 ユカちゃんはその後、めでたくN高校を卒業し福岡市へ出て行った。アルバイト

をしながら専門学校へ通っているそうだ。


 読者の皆様、福岡市のどこかのお店で、小柄で丸顔、目のパッチリとした、明る

く大きな声とあふれる笑顔の可愛いレジ係がいたら、それはきっとユカちゃんです

。もし見つけられたら、どうぞ「店長とキヨコさんが、がんばれ!!て言いよらす

よ」とお伝えください。お願いします。

  作 荒木紀代子 画 やまだしんご
〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 
アルファ企画 Vol.38 より転載〕


お店のご案内は http://bigoak.jp/

 

 

Vol.14 マコちゃんの自動車

  • 2010.03.23 Tuesday
  • 10:51
マコちゃんの自動車 1
マコちゃんの自動車 2

 

 

 

 

その14 マコちゃんの自動車


 この節、「お子様」というのはスーパーにとっても大切なお客である。
「おじいちゃん、あれ欲しい」
「おばあちゃん、これ食べたい」という孫たちの声に抵抗できるじいさんばあさんは、まずいないと言っても過言ではないので、この一言で、彼等はほぼ百パーセントに近く欲しい物を手に入れることができる。従ってスーパーの方も、孫の手を引いたお年寄りの姿を見ると思わずにんまりと頬がゆるむというものだ。だからお菓子や文具などの売り場だけでなく生鮮食品や惣菜や酒類のような、あんまり子供とは関係のなさそうな部門まで、「お子様」を意識した品揃えやディスプレイをしているのである。
       ◇  ◇  ◇
 衣料部のチーフが、売り場のディスプレイに可愛いお人形を置いてみた。飾りだからとプライスも付けていなかったのだが、見たものは何でも欲しがる子供と、孫に弱いおばあちゃんの目にとまり、これが、あっという間に売れた。
「おやおや、良かったこと」と言いながら、また飾ったらまた売れた。
「これはいい。これでいこう」というので、人形ばかりでなくいろいろなおもちゃを持ち込み、衣料部の一角がおもちゃ屋さんみたいになった。
 小さな子供を乗せて、ひもをつけて引っ張る木製の自動車を売り場に置いた時のことである。若いお母さんに抱っこされ、おばあちゃんをお供のした女の子がやって来た。ネギをしょったカモの到来である。
 その子は自動車を見るや否や、
「ママー、あれに乗るー」と歓声を上げた。
「だめよ、マコちゃん。あれは飾ってあるんだから乗ってはいけないの」
「いやー、いやー、乗るー、のりー」
 待ってましたという感じで店員が出て来る。
「よろしいんですよ、奥様。さあどうぞお嬢ちゃん」
 素早く母親の手から女の子を抱き取り、自動車に座らせた。女の子は大喜びで、両手で木のハンドルを握り、「ぶーぶー」と運転のまねを始めた。
 子供というものは好きなことをしていたら時間の経過など問題ではなく、今のうちにと買物をすませてしまった母親が戻って来てもまだ「ぶーぶー」と夢中になって遊んでいる。
「良かったねぇ、マコちゃん。さあ、もういいでしょ。降りなさい」と何度言っても降りようとしない。結局。
「こんなに気に入ったんだもの。買ってやるしかないだろうね」という、おばあちゃんの鶴のひとこえで、自動車はめでたく女の子のものになった。
 勘定を済ませた母親が
「さあ、マコちゃん。おうちへ帰りましょう。その自動車も持って帰るのよ」と言ったが降りようとしない。
「降りなきゃ車にのれないでしょ」
と叱っても
「おうちへ帰ったらいっぱい乗れるじゃないの」
となだめても、「言うこと聞かないんなら買ってあげないからね」
と脅しても、足を踏ん張って、身体ごとハンドルにしがみつく。
 やむを得ず、女の子を乗せたまま、母親と店員が二人がかりでよっこらしょと自動車を抱え上げ、よいしょよいしょと駐車場まで運び、車のリアシートに横向きに乗せた。
 おもちゃの自動車に乗ったままの子供を乗せて、車は駐車場を出て行った。
 両手でハンドルを握りしめ、きっと前を見つめる女の子の姿がリアウインドウの中に見える。店員は声を上げて笑いながら、車が見えなくなるまで見送った。
       ◇  ◇  ◇
後日、一人で買物にやって来た母親は衣料部に立ち寄り、「あの時はお世話になりました」と挨拶をしてくれた。
「私の家まで車で15分位なんですけど・・・・・・」
 女の子はずっとおもちゃの車に乗ったまま真剣な顔でハンドルを握り、あたかも彼女の運転で、三人の乗った車が走行しているような雰囲気だった。その姿を、ルームミラーの中に見ては吹き出し、助手のおばあちゃんは、後ろを振り向いて見ては吹き出し笑い続けて自宅へ帰った。
「今まで買物といえば絶対について来たんですけど、今日はね、自動車に乗ったまま、いってらっしゃいて手を振ったんですよ」
おかげで今日はひとりでゆっくり買物が出来て良かったと、笑いながら帰って行かれた。
 買ってもらった品物を、買って良かったと喜んでもらえる。スーパーで働く者が心の底から嬉しく冥利に尽きると思うのはこういう時だ。よーし、勉強してもっといいものを売ろう、工夫してもっといいものを作ろうという意欲が湧いて来る。残念ながらこんなことは少なくて、お客さんから叱られることの方がずっと多いけれどそれはまあ仕方がない。こんな嬉しいことがたまにでもあれば、つらいこともいっぺんに忘れられるというものだ。さあ、今日もお客さんに喜んでもらえるよう一生けん命がんばるぞ!
と、やる気を出したところへ店長、
「だめじゃないか。子供さんはチャイルドシートに座らせなくっちゃ。危険だぞ。法令違反だ。コンプライアンス、法令遵守。今後こういうことをしてはいけません。」だって。

お店のご案内は http://bigoak.jp/ へ

 

 

 

 

 

 

作 荒木紀代子 画 やまだしんご
〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.38 より転載

 

 

Vol.13 敵情視察

  • 2010.03.16 Tuesday
  • 11:12
敵情視察 1
敵情視察 2

 

 

その13 敵情視察


「キヨコさん、ひまわりへ買物に行かないか」
 どうした風の吹き回しか、店長が私に声をかけてきた。従業員はたくさんいるのに、私が一番ひまそうに見えるのかと内心ムッとしたが、買物は大好きなので思わずニッコリと笑ってしまう。でも、スーパーの店長がよその店へ買物とはおかしな事を言うものだ。
「なんでひまわりへ? お買物なら ウチの店でします」
「おう、感心。良い心がけだ。そうでなくちゃいかん。でも、たまにはよその店も見てみるもんだ。勉強になるぞ」
 あ、そういうことか。よその店を見学して学ぶべきところは学び、自分の店を改善するための参考にしろという訳か。わかりましたお供しますと、勇んで店を出た。
       ◇  ◇  ◇
 今の店で働くようになる前、私は一家の主婦だったから、それこそ毎日のようにスーパーへ買物に出かけた。日曜日など新聞の折り込みを丹念に検討して、今日はスーパーみどりでアイスクリームが半額、スーパーレッドは牛乳が168円、あっ、スーパーピンクはマヨネーズが500g158円だ。今日は三軒回らなくっちゃ。という暮らしをしていた。だから、結構いろんな店を見て来ているのだが、あくまでも消費者の目でしか見ていないから、鮮度と価格だけが問題であって、売るための工夫や店内のディスプレイなどには全く感心がなく、そんなものは全く記憶に残っていない。
それでは駄目だ。立場が変わったのだから、売り場を見る目も変わらねばならない。そのくらいのことは私にもわかる。そのためにも、たまにはよその店を見学させて勉強をさせねばならんと店長は考えたのだろう。
スーパーひまわりは最近オープンした大型店舗である。私達のスーパーから15キロくらいしか離れていない。鳴り物入りでオープンした時は相当に影響があるだろうなあと脅威だったが、幸い、今のところは売り上げが落ちることもなく、ひまわりオープン前の売り上げの数字を維持している。願わくはこのまま、たいした影響もないままに無事に過ぎて行って欲しいものだが、そのためにもきちんと敵情を視察して自分達の体勢を整えることが大切だ。敵を知り己を知りて戦えば百戦危うからずと昔の人も言ったじゃないか。よーし、しっかり見てやるぞ!
       ◇  ◇  ◇
「いらっしゃいませ」
 元気な声に迎えられて店へ入る。大きな声ではっきりと挨拶をするなあ、5点。
 店内は少し照明を落として商品にスポットを当て、鮮やかに商品が浮かび上がって見えるような工夫がされている。お客の目がスッとその商品に吸い寄せられる照明だ。いいなあ5点。商品が全てすっきりと棚に片付けられて、通路には何ひとつ置かれていない。整然として美しいが、あまりに整頓されすぎて寒々しい感じがする。その人その人の好みの問題だけれど、食品や生活用品を売る店は、もうすこしゴチャゴチャとしていた方が親しみがあって流行っている店という感じがするように思う。安いんじゃないかという期待感もある。これは4点。スパゲティを棚に並べている男性がスーツにネクタイのビジネスマンスタイルだ。お気楽に、「ねえ、はちみつはどこにあるの」などと聞きにくい雰囲気。3点。吊りポップの位置が低くて、棚の上段に並んでいる商品を隠している。これではせっかくの良く出来たポップが逆効果だ。2点。
なる程、店内を見る目の変わりようは自分でも驚く程である。お客だった時には目にも入らなかった良いところ、悪い所が次々と見えてくる。帰ったら早速、自分の売り場のあれとこれをやり直そう。こんな風にしてみようと頭の中にイメージしながら歩いていると、野菜の売り場で熱心にキャベツを見ている人がいる。なんと、ご近所の住人で私達の店へほとんど毎日のように買物に来てくれるおとくいさんの山田さんだ。「アーラ、山田さん」と呼びかけようとした声をグッとのみ込んで陳列棚の陰に隠れた。
       ◇  ◇  ◇
(山田さん、こんな所まで買物に来るのか)胸が騒いだ。一家に一台どころか一人に一台と言われる程にモータリゼーションの発達した現在、お客さんが遠方の店へ気軽に買物に出かけて行くのは当然のことで、そんなことは重々覚悟の上とは言うものの、心のどこかでご近所は自分のお客さんだと甘えている部分がある。もしかしたら、そんなことも、店長が私に教えたかったことの一つかも知れない、と思った。どんなに親しい人でも、自分だけのお客さんじゃないんだ。よそを向かせないためには大切にフォローしなくてはいけないんだよ、と・・・・・・。
「店長、もう帰りましょうよ。やらなきゃいけない事もいろいろあるし」
「あら、急にやる気を出したじゃないか。さては山田さんに刺激されたな」
「ハイ、それもあります。でも、この店を見たのと同じ目で今度は自分の売り場を見てみたい」
「それがいい。そうやって店造りのセンスを磨いていくんだ。さあ、帰ろ帰ろ」
       ◇  ◇  ◇
翌朝、店内をチョコマカと歩き回っていると、山田さんがやって来た。
「キヨちゃん、おはよう」
「おはようございます。山田さん、今日は早いのね」
「きのうね、ひまわりに行ったとよ」
「あら、どうでした? ひまわりは」
「きれいな店やった。でもね、私はやっぱりこの店の方がよか。品物も値段も安心して買えるもんね」
「まあ、ありがとうございます。安心してお買物してもらうよう、私達も気をつけて品揃えをしますからこれからもよろしく」
「ハイハイ、こちらこそよろしくね」
 お菓子売り場の方へカートを押して行く山田さんの後ろ姿に最敬礼をした。
 こんなありがたいお客さんばかりじゃない事はわかっているけれど、一人でも多くの人にこんな風に思ってもらえるように頑張らねば。さあ、仕事だ仕事だ。今日も張り切ってやるぞ!

 

 

 

 

 

作 荒木紀代子 画 やまだしんご
〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.37 より転載〕

 

 

Vol.12 お客様招待旅行  宝クジの当る島

  • 2010.03.02 Tuesday
  • 20:40
お客様招待旅行 宝クジの当る島

 

 

その12 お客様招待旅行 宝クジの当る島


「いいなあ、宝クジの当る神社にお参りなんて。私も行きたい。いっぺんも当ったことないんだもの」
 貸切バスの窓を見上げながら、もう何回目かのグチをくり返す私。
「今度ね、今度。次の店休日にみんなで行こうじゃないか。だから今日は愛想良くお見送りをしてくれ。帰って来た時のお出迎えも頼んどくけんね」
 店長は調子良く空手形をとばしながら、次々とやって来るお客さんと旅行者名簿をチェックしている。今日は年に一度のお客様招待旅行の日である。これまでは秋の紅葉狩りとか、景勝地とかグルメとかいう企画が多かったが今回は少し変わった趣向になっていて、なんでも、佐賀は唐津の高島という離れ小島に宝当神社というありがたいお宮があるそうな。見ただけで宝クジが当りそうな名前だが、まさにその通り、お参りをすると宝クジが当るという、たいしたご利益があるのだそうだ。そんな結構なお宮ならぜひ私も行ってお参りがしたいものだが、そこは従業員の悲しさ、人数が足りなければ連れて行ってくれるかもしれないが、参加希望者が多ければ絶対にお客様優先で、それはまあ、当然のことである。だから、うらやましくてたまらないが、ニコニコと愛想良く
「行ってらっしゃいませ、お気をつけて。ハイ、おやつをどうぞ。バスの中で召し上がってください」
と、ひとりひとりにお茶やお菓子の入ったレジ袋を渡しているのである。
 私達のスーパーにも宝クジ売り場があって年がら年中、次々と売り出される宝クジを売っているが、これまでに最高で五十万円しか当ったことがない。今回、宝当神社のご利益で大きいのが当ってくれでもしたら、お店の宣伝にもなるというものだ。
 今日の旅行の主旨にのっとって、貸切バスに乗り込んだお客さん達に一枚づつ宝クジが配られた。添乗する店長も一枚もらってうれしそうに目じりをさげている。宝クジにチュッとキスをして大切そうにポケットにしまった。
        ◇  ◇  ◇
 さて、バスは走って佐賀県唐津市。唐津城を仰ぎ見る高島渡船場から定期船に乗る。彼方の波の上にこんもりと浮かぶ島、宝当の島・高島だ。晴れ渡る青空の下、波静かな紺碧の海を船はすべるように進む。二十分で高島に着いた。
 宝当神社は、高島の産土神社である塩尾神社の境内社である。しかしめでたいその名前から、本来の「島の氏神様」という立場よりも宝クジの当る神社という評判のほうが広まって宝クジファンの人達がお参りに来るようになり、こっちの方が有名になって来た。実際、お参りした人達の中から多数の当選者が出たりしたものだから、テレビや雑誌が取り上げ、たちまち我も我もと参拝者が押し寄せるというブームが巻き起こったという。
         ◇  ◇  ◇
 お客さんの一人、林さんは、渡し舟の中で乗り合わせた地元の人から耳よりな話を聞いた。
「あにね、まず鳥居をくぐって拝殿にお参りしたら、そのまま帰らずに拝殿の裏へ回りんしゃい。もうひとつ小さな建物があって、そこの床ン下に神様のおらっしゃるけんね、その神様にようっとお願いして拝殿の裏をぐるっと回って帰るとよ」
 これはいいことを聞いた。そんなことはバスのガイドさんも教えてくれなんだ。よしよし、これで宝クジが当ること間違いなしと林さんは大喜び。言われたとおり、お参りすると裏へ回って「床ン下の神様」へ、「宝クジが当りますように」とよくよくお願いをしたのだった。
 参道にはみやげ物を売る店がズラリと並んで、おばさんやねえさんが黄色い声を張り上げてお客を呼んでいる。どこででも売っているような物ばかりだが、その中に「宝当袋」というのがあった。別に変哲もない巾着袋だが、まん中に「宝当袋」と金文字で書いてある。まずこの中にお金を入れておき、そのお金で宝クジを買う。買った宝クジをまた、この袋に入れ神棚に置いておく。
「そうするとね、当るとよ」という売り子の言葉に、宝当袋が飛ぶように売れている。絹製だと三千円、木綿だと千五百円。林さんは千五百円を二個、奥さんと娘さんの為に買い、三千円を一個自分のために買った。
 店長も招き猫を買った。頭をなでて「宝クジが当りますように」とお願いすると、ご利益があるのだそうだ。持って帰って宝クジ売り場に置いておけば、宝クジを買うお客さんが喜んで頭をなでていくだろう。もし当ったら、私の招き猫のご利益ですよと自慢できる。
       ◇  ◇  ◇
 いろいろと賑やかだったわりには、あんまり当ったという話も聞こえて来ないけど、林家の奥さんは宝当袋の中にしまっておいた宝クジが一万円に当った。当った本人よりも、袋をあげた林さんの方が
「やった、やった」と喜んでいるそうだ。

 

 

 

作 荒木紀代子 画 やまだしんご
〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.36 より転載〕

 

archives

recent comment

profile

search this site.

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< March 2010 >>

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM