Vol.39 ここに猫を捨てるべからず

2010.10.19 Tuesday

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    Vol.39 ここに猫捨てるべからず


     駐車場の片隅にあるコインランドリーの床下に、
    もう何年も前から住み着いている野良猫がいる。

    毎日何百人もやって来るお客さんの中には猫好きの人が結構いて、
    何やかやと猫の喜ぶ食べ物を与えたり、
    冬の夜は寒かろうと床下へ毛布を差し入れたりするものだから、
    野良公はまるまると太って人なつこく、
    人間が近づいても逃げもせず、
    何かくれるのかとすり寄って来たりする。
     
    こういう光景を見ていて、
    ここに猫を捨てれば猫好きの人からエサをもらえて餓えることもないし、
    仲間もいて寂しくないだろうと思う人がいるらしく、
    しょっ中捨て猫のニューフェイスが出現する。
     
    店としては大迷惑で、
    お客さんが出入りする玄関へ野良猫が近づかないように
    いろいろ工夫しなければならないし、
    鮮魚部や惣菜部はバックヤードの入り口付近などに、
    ついうっかり商品や食材を置いて失敬されては大変だから油断できない。

    生ゴミ処理機の回りは、
    野良公のエサになるような食べ物のクズがひとつでも落ちていないように、
    掃除がたいへんだ。
     
    猫を飼うなら責任を持って最後まで飼って欲しい。
    仔猫が生まれて何匹も飼えないなら仔猫が生まれないように
    必要な処置をして欲しいと思うけど、
    そういうきちんとした考えの人というのはこの節、少数派であるらしい。
    困ったことである。
           ◇  ◇  ◇
    「キヨコさん、ちょっと」
    もう、あと一時間で閉店になる午後八時。
     事務所のドアから顔を出したグロサリーのチーフが私を手招きした。
     だいたい、この「ちょっと」というのは、
    ろくでもない用事であることが多いので、
    私はびくびくしながら事務所を出た。
    「何でしょうか」
    「ちょっとサービスカウンターへ来てくれる? 見て欲しい物があるの」
     ハテ、何だろう。
    何か失敗してクレームにでもなっているんじゃなかろうかと心配しながら
    チーフの後をついて行くと、
    ガラスのカウンターの上に白いタオルにくるまれた小さな仔猫が
    ミューミューと鳴いている。
    「あらら、また捨て猫? でも、この仔猫、首輪をしとる」
    「そうなんよ。飼われとったのが迷い込んだとじゃろか」
    「でも、見つけてからもう一時間以上たつよ。
    迷い猫なら問い合わせの電話の一本くらい来ると思うけどね。
    捨てられたつじゃなかろかねぇ」
     
     そうだろうと私も思う。
    車に乗せて連れて来た仔猫が買物をしているうちにいなくなれば、
    飼い主は大騒ぎして探すはずだ。
    サービスカウンターへ問い合わせのひとつもないという事は、
    多分、この猫はここへ連れてこられて捨てられたのに違いない。

    可哀想に、手の中にすっぽり隠れてしまいそうな小さな身体を震わせて
    ミューミューと鳴いている仔猫を見ていたら涙がにじんで来た。
    自分の力で何とか生きていけるくらいの大きさの猫ならともかく、
    こんな小さな身体でこの寒空に、
    この子は今夜どうやって眠るのだろう。

    「ねえ、キヨコさん。ものは相談だけど」
    「駄目ですよチーフ。うちは二匹も猫がいますもん」
    「そうよねぇ。野田さんは駄目?」
     私と並んで仔猫を見ていたレジ係の野田さんも、ぶるぶると頭を振る。
    「駄目駄目、うちなんか七匹よチーフ。七匹。
    もうこれ以上一匹もダメて、主人から言われとる」
    「そうよねえ。うちにも二十匹もいるしねえ」
     ひえー。七匹に二十匹。すごーい。
     
    でも、この二人のように、可愛そうな捨てられた猫達を、
    寒空に食べ物もなく放っておく事など絶対に出来ない人は、
    結局最後には自分が連れて帰る事になるものだから、
    いつしかそういう大変な事になってしまうのだ。
    簡単にスーパーの駐車場に猫を捨てる不心得者は、
    こんな心優しい人達にどれほどの迷惑をかけているかという事を知って、
    反省して欲しいものである。
     
    どうしようか、こうしようか。ああでもない、こうでもないと口論乙駁の末に、
    遂に私は腹をくくった。いや、くくってしまった。
    「ええい! 二匹も三匹もたいした変わりがあるか! 私が連れて帰る」
     チーフと野田さんの顔がパッと輝いた。
    「ホント? そうしてくれる? ああ良かった。
    安心した。キヨコさんありがとうね」
     
    もう後には引けない。
    家族の渋い顔が頭の隅に浮かんだが、ぶるんと頭を振って払い落とした。
    「店長、迷い猫のポスターを作って掲示板に貼ってください。
    無駄とは思うけど、ひょっとしてウチの猫と言って
    来られるお客さんが無いとは限りませんから」
    というチーフの頼みで、店長はさっそくデジカメで仔猫の写真を撮り、
    「迷い猫を預かっています。
    お心当たりの方はサービスカウンターまでご連絡ください」
    という文を添えてポスターを作ってくれた。
           ◇  ◇  ◇
     連れて帰った仔猫はオスだったので、
    とりあえず「チビ助」という名前にした。
    家族は予想通り、ぶうぶう言ったが聞こえないふりをしてやり過ごした。
     
    誤算だったのは、
    我が家に元から居る二匹の猫がこの突然の闖入者を嫌って家出をしてしまったことだ。
    ご飯の時と寝る時だけは帰って来るが、あとは家に寄り付かない。
     猫を膝に乗せてテレビを見たい私は寂しくてたまらない。
     
    チビ助を連れて帰ってもう一ヶ月になるが、
    迷い猫のポスターに何の反応も無く、チビ助の身体は来た時の倍の大きさになった。
    もとから我が家の猫だったような大きな顔をして
    ニャーニャーと食事の催促をする。

     多分こういう事になるだろうと覚悟をしていたから後悔も落胆もしないけど、
    スーパーの駐車場を猫の捨て場にするような
    不心得な人がいなくなってくれる事だけは、
    心の底から願わずにはいられない。


     作 荒木紀代子

    〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.50 より転載〕


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    Vol.38 朝市、青果VS鮮魚の仁義なき戦い

    2010.10.12 Tuesday

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      朝市、青果VS鮮魚の仁義なき戦い
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      Vol.38 朝市、青果VS鮮魚の仁義なき戦い


       南側入り口の前に向かい合って張られた二張りのテントの下で、
      青果と鮮魚のチーフがせっせと商品を並べている。
      今日は、毎月第二日曜日に催される「生鮮市」の日だ。
       
      この二人は年令も同じくらい、毎月の売り上げもほぼ同じくらいで、
      何かにつけて比較の対象とされるものだから、お互い口には出さないが、
      心の中では激しく対抗意識を燃やしているのが伺える。
      特に「生鮮市」では、何といってもこの両者が主役だ。
      先程、店長からも、
      「さあ、今日はどっちがたくさん売り上げるかな。
      頑張れよ、二人とも」と、ハッパをかけられたことだし、
      (まけるもんか)と、闘志をむき出しにするのも当然のことである。
       
      一週間も前から今日のために、商品を検討し、品揃えの手配をし、
      少しでも安く仕入れて売るために業者を相手に丁々発止と渡り合った。
      ゆうべはゆうべで遅くまでかかって、
      「安い! 玄海の獲れたてヤリイカ」とか、
      「新鮮! 長崎の金目鯛」とか、
      「青森産りんご、一玉百円」「台湾産バナナ、一房二百円」
      「信じられますか、この価格!」などというポップを山ほど書いた。

      テントの柱から柱へ張り渡された針金に、
      それらのポップがズラリと吊り下げられて賑やかに風に揺れている。
      売台に野菜や果物や干物を山のように積み上げたり、
      トロ箱を所せましと並べたり、一生懸命に自分の店作りをしながら、
      二人ともちらちらと相手の陣営を観察している。
      あっ、二人の目が合った。バチッと火花が散ったようだ。
             ◇  ◇  ◇
       九時、生鮮市開店である。早くからやって来て、
      じりじりしながら開店を待っていたお客さんがわっと群がってきた。

      両者とも、しばらくの間はてんてこ舞いの忙しさだが、
      ラッシュが一段落してホッとすると
      今度はライバルの売れ行きが気になってたまらない。
      「隣の芝生は青い」という言葉通り、
      互いに向こうのテントの方がお客さんの数が多いような気がしてしかたがないらしい。
       鮮魚のチーフが声を張り上げて
      「玄海魚ばーい。ピチピチ動きよるよ!」と怒鳴ると
      「メロン、メロン、甘かよー。スイカも大きくて安かよー、めっちゃお買い得よー」と、
      青果も負けてはいない。
      ありったけの声を張り上げてお客さんを呼んでいる。
      なかでも超目玉同士の戦いは熾烈である。

      魚「エビの詰め放題、詰めほーだーい! 超お買い得よー」
      青果「玉ネギの詰め放だーい! あんまり安くてすみませーん」
       お客さんも大変である。
      「きゃー、エビの詰め放題げな。わー、安か。挑戦してみろかね」
      「あらー、玉ネギ。あげんいっぱい詰めて三百円!私も買うー」
       あっちへ走りこっちへ走って、
      本日の超お買い得商品をもれなくゲットしている。
      毎月の、恒例となった生鮮市の、賑やかで騒がしい風景である。
       
      この店で働くようになったばかりのころ、
      鮮魚部から「人手が足らんけん、応援たのむばい」と言われて,
      私も何度かこの生鮮市に従事したことがある。

      まだ、魚の名前も値段も、何にもわからない時で、
      パニックになりながら無我夢中で魚を売った。あれからもう六年もたった。
      すっかりスーパーのおばさんが板についたなあと、
      過ぎた日を懐かしんでいるうちに魚も野菜も残り少なくなって、お昼が近づいた。
             ◇  ◇  ◇
       十二時、生鮮市のテント売りが終わった。
      もう声も出なくなった二人のチーフが、
      ぜいぜいと荒い息をしながらテントを片付けていると、
      さっきお金の入ったバケツを提げて事務所へ行った店長が戻って来て、
      「えらく忙しかったわりには売り上げが上がっとらん。
      二人共、ちょっと安く売り過ぎじゃなかと」と、むずかしい顔で言った。
       うなだれる二人。でも、店長の
      「ばってん、お客さんは大よろこびだったけんね。
      まあ、良かったたい。今日の苦労はきっと明日の売り上げにつながるよ」
      という言葉にホッと安堵のため息をついた。

       そうそう、ビニール袋に詰め放題のエビや玉ネギを
      せっせと入れるお客さんの楽しそうな顔を、
      超お買得品を両手に下げて帰っていく人達のうれしそうな顔を見たでしょう。二人とも。きっとお客さん達は「生鮮市は楽しかねぇ。この次もまた来よう」
      と思ってくれているに違いないよ。
      ゆっくりと昼休みをしてまた元気を出して頑張ってね。
      心の中で二人に語りかけ、私は店に戻った。


      作 荒木紀代子 画 やまだしんご

      〔庶民が創る ふだん着の 《投稿専門誌》 アルファ企画 Vol.50 より転載〕


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      Vol.37 秋のスーパー運動会

      2010.10.05 Tuesday

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        秋のスーパー運動会
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             作 荒木紀代子 画 やまだしんご

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        Vol.36 スーパーは情報戦〜ブームを追え

        2010.09.21 Tuesday

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          スーパーは情報戦
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          Vol.36 スーパーは情報戦〜ブームを追え


           食品売り場の一角に、
          よく人目を引くレイアウトで袋入りの寒天が山積みされている。
          煮溶かして型に入れ冷蔵庫で固め、冷たくて甘いゼリーを作るあの寒天である。

          これを、開店前で忙しいが、
          今日の各売り場を見ておこうと店内巡視中の鮮魚のチーフが見つけて足を止めた。
          「ん? 何やこれは。こげなもん、いーっぱい仕入れて。
          売れるわけなかろうもん」

           同じものを鮮魚部でも売っているが、今時の若い奥さん達は、
          美しく出来上がったゼリーが日配売場にもお菓子売場にも山ほど置かれているのに、
          わざわざ面倒な思いをして自分で作ろうという人は少ないらしく、
          ほとんど売れなくて、月に4、5袋も売れれば良いほうという程度なのである。

           「ちーっと馬鹿ばい」とチーフは、
          食品売り場を取り仕切っているマネージャーの顔を思い浮かべながら笑った。
           だが、自分の売場へ帰ってからも、その事がどうも気にかかる。
          寒天みたいなものが、あんなにたくさん山積みされるなんて、かってなかった事だ。

          「もしかして」と、刺身を切る手を止めてチーフは考えた。
          「マネージャーに何か考えのあるとかも知れん。
          あの男はのんびりした顔ばしとるばってん、結構曲者じゃけんな」
           そこで、多忙ではあったが部員に後を頼んで売場へと出かけた。
          マネージャーを捕まえて聞いてみると、
          「テレビで寒天ダイエットちゅうとばやりおった。テレビの影響力はすごかろうが。
          こら売れるばいと思うて在庫ばありったけ出したったい。
          勿論、すぐメーカーに電話して次ばどっさり註文しといた」と、得意げに言う。
          「見とってん。絶対売れるけん」
                 ◇  ◇  ◇
          開店するとマネージャーの予想通り、
          次から次へとやって来る奥さん達が言い合わせた様に寒天を籠に入れて行く。
          みるみるうちに寒天の山が小さくなっていくのを見てチーフは焦りまくった。

          「しまったなあ。そげなテレビ番組、見とらんかったもんな。
          よし、今からでも間に合わんことはなかろう」と、
          鮮魚部へ走って帰り、電話に飛び付いて註文しようとしたが時すでに遅し。
          「売り切れです」と、冷たい返事である。
          「ふん。メーカーはお前んとこばかりじゃないとぜ」と、
          目を吊り上げて次の業者のダイヤルを回す。

          普段、めったに取引のない業者だろうが、取引をしたことのない業者だろうが、
          電話をかけまくり、頭を下げまくって何とか十ケース程の商品をゲットした。

           商品の到着を待ちかねて売場に並べると、売れる、売れる。
          これまで月に五個くらいしか売れなかったものが日に十個から二十個も売れるのだ。
          つまり、百倍近い売れ行きなのである。

           危なかった、知らずにいたら商機を逃すところだった。
          あの時、寒天の山に目を止め、なおかつその理由を追求した俺は、
          なかなかどうして優秀な商売人じゃないかと自画自賛し、
          ほいほいと追加注文を続けていたら・・・・・・・・
                 ◇  ◇  ◇
           きのう積み上げた寒天の山が、ほとんど形を変えずに残っている。
          次の日になってもあんまり減っていない。

          「な、何で? どうしてこげん残っとると。あげん売れよったとに」
           そう、ブームが一段落したのだ。

          テレビ報道によって起こるブームは、
          火がつくのも早いかわりに終わるのも早いのである。
          テレビを見て「あ、良さそう。やってみよう」と思う主婦たちは、
          一、二度は試して見るけれども、続ける人は少ないのだ。

          過去に、やはりテレビ番組でレモンの絞り汁を使った料理を見た人が
          次々とレモン絞りを買いに来るので、どっさり仕入れた途端に
          ブームが終わって売れなくなったという苦い経験もある。
          「ど、どうしよう。
          こげー残ってしもうたら賞味期限内に売ってしまうことは難しいかも知れん。
          こら、えらい事になったばい」
                 ◇  ◇  ◇
           頭を抱えている所へ店長が通りかかった。
          「おや、どうした。顔色が悪かごたるね」
          「あ、店長。どしたら良かでしょうか。これこれこういう訳なんですが」
          「はっはっは。ブームちゅうもんは終わるけんブームたい。
          スーパーは情報戦じゃけんね。情報網ば張り巡らせて、
          アンテナば何本も立てて、情報ばキャッチせにゃならん。
          ブレイクする時と終わる時を的確に掴まにゃならん。
          今回は良か勉強ばしたね。残った寒天はボチボチ売れば良か。
          この次何かのブームが起こったら今度はうまいことやれよ」
           笑いながら店長は寒天ブームと共に去って行ったのだった。

                 
          作 荒木紀代子 画 やまだしんご

          〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.45 より転載〕


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          Vol.35 キヨコさん昇給す

          2010.09.14 Tuesday

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            キヨコさん昇給す
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              作 荒木紀代子 画 やまだしんご

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