Vol.10 コンブおにぎり2千円也

2010.02.09 Tuesday

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    コンブおにぎり2千円也1
    コンブおにぎり2千円也2

     

     

     

     

    その? コンブおにぎり2千円也


    「売変」正しくは「売価変更」という作業がある。
    読んで字の如く、商品の売価を変更するのである。
     私達の店の、2万5千アイテムもある商品の値段はすべてコンピューターに登録されているが、安売りなどで値段を下げる時には、コンピューターのスキャナで「ピッ」とバーコードをスキャンし、画面に現れたデータの中の価格を変え、レジスターへ送る。ただそれだけの簡単な作業だが、簡単だから間違いが起こらないとは言えないのが世の常なのである。
     ◇  ◇  ◇
    「荒木さん、荒木さん、大変よ!」
    「ドキン。ど、どうしたの」
    「コンブおにぎりの値段が2千円で出るう」
    「ひえーっ、に、に、2千円」
     心の中で(そんなバカな!)と叫びながらレジへすっ飛んだ。3番レジ係の困惑顔の前でヒゲ面の男性がにやにや笑っている。
    「よっぽどうまかとじゃろな、このおにぎりは。バッテン、2千円なちょっと高かばい」
     高いも何も、1個100円のおにぎりである。ためしにレジを通してみたら本当に2千円と出た。ひどい売変ミスだ。
    「す、すみません、ごめんなさい、申し訳ありません」
     知る限りのお詫びの言葉を並べてペコペコ頭を下げると、走って売り場へ引き返し、コンブおにぎりをひっ掴んで事務所のコンピューターへ突進した。値段を100円に入力し直して、ひとまずホッとする。本当に、何をどう間違えて2千円などという数字を打ってしまったのか、おおかた急いでいたかして、指が違うキーに触れてしまったのにも気が付かなかったのだろう。
     思えば昨日は第3日曜日で、お店は恒例の「なんでんかんでんパチパチセール」というのをやった。
    平常100円から150円くらいの商品を、超薄利、あるいは赤字の切なさに耐えて88円で売るのである。売り出しは盛況で、売り上げもほぼ目標に達したが、一夜明けた今朝は、昨日下げた価格を元へ戻すために、パソコンの前は各売り場の担当者でゴッタ返していた。気が急ぐままに売変をし、触れていけないキーに触れたのも気が付かなかったのに違いない。最近のPOSシステムは、時間が来ると自動で売価が戻るそうであるが、この店はまだ旧式のPOSシステムである。
    ともあれ、正しい値段に戻したコンブおにぎりを売り場へ返しに行った私は、そこで再び
    「ギャッ」
    と叫んだ。
     3個仕入れたコンブおにぎりが、今、私が返した1個しかないのだ。このおにぎりと、さっきヒゲのおじさんが買って行った1個と、もうひとつは? もうひとつあるはずなのに・・・・・・。
     安心するのは早かったのである。誰か分からないが、2千円も払っておにぎりを買って行った人がいる。どうしよう。えらいことになった。
     しかしまあ、のんきなお客さんもいるものだ。買物の割りに支払う金額が多すぎるとは思わなかったのだろうか。それにレジ係もレジ係だ。品数に対してちょっと金額が多いなあとは思わないのかと、自分にミスを棚に上げて、心の中で人を非難する。こんな時はどうすれば良いのか、私なんかが頭をひねった所で良い考えが浮かぶはずもないので、簡単に諦めて店長の元へ急いだ。
    ◇  ◇  ◇
    「うーむ」
    「どうしたら良いですか店長」
    「む、む」
    「ねえ、ねえ、どうしたら良い?」
    「いっとき黙っとれ。今考えよる」
    「わーん、どうしよう。はよ考えてえー」
    「よし、大変だがこれしかなか。レジの記録紙を全部チェックしてコンブおにぎりが記載されているのを探せ。お客さんのポイントカードのナンバーが記録されとるけん、リストを調べればお客さんの名前と住所がわかる」
    「えーっ、ほんとに大変。もちっと簡単な方法はなかと?」
    「なか」
     しかたがない。すべては私の不注意である。5台のレジスターが記録している膨大な量の中からたったひとつ「コンブおにぎり」という文字を探し出す覚悟を決めたその時、事務所の代表電話がリンリンと鳴った。
    「ハイ、お電話ありがとうございます」と事務員が愛想良く受ける。
    「はい? コンブおにぎりでございますか」
    「きゃーっ、その電話、私、わ・た・し」
    餓えた猫が魚に飛び付くように電話に飛び付いた。
    「お電話替わりました。お惣菜の係でございます」
    「あのネ。買物して帰ってレシート見たらね、コンブおにぎりが2千円もしとる。これ、間違いじゃなかと」
    「ええ、ええ、間違いですとも。もちろん、間違いでございますとも」
    ◇  ◇  ◇
     良かった。本当に良かった。お客さんも別に怒ってもおられず、お金をお返しに伺いますという私の申し出にも
    「わざわざ来んちゃよか。今度買物に行った時に返してもらうけん」と笑って言われた。
     何という良い人だろう。午前中、のんきな人もいるものだ、金額の多さに気がつかないのかなどと、思った自分が恥ずかしい。すみませんでしたと、電話に向かって深く頭を下げた。これからはよくよく気を付けよう。慣れた作業だと軽く考えずに、売変も注意深く落ち着いてしよう。そして、もしも又間違いをしでかす事があっても、自分の間違いを棚に上げて、「気が付かないなんて」と、人を悪く思うような事は決して、決してすまい。

     

     

     

     

    作 荒木紀代子 画 やまだしんご
    〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.32 より転載〕

     

    Vol.9 韓国御一行様御到着

    2010.01.26 Tuesday

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      韓国御一行様御到着1
      韓国御一行様御到着2
      韓国御一行様御到着3

       

       

       

       

       

      その? 韓国御一行様御到着


       西の空いっぱいに茜雲がかかって絵のように美しい。
      「明日も良か天気ばい。日曜やし、弁当が売れるかもね」

      などと言っていたら、店内が急に騒がしくなった。

      やたらに派手な色彩の洋服がひらひらと店内を行ったり来たりし、

      突如としてお花畑が出現したかの如き感がある。

      おまけに意味不明のきんきん声が縦横無尽に飛び交って、

      やかましいことこの上もない。


      「店長、店長。売り場へ出てください。何が何だかわかりません」
       事務所のデスクであくびをしていた店長へ、

      悲鳴の如きSOSが入って、店長は売り場へ飛んで出た。


      何だかわからないが、ハデハデのおばさん達が何人も

      固まってわいわい言っている方へ向かって急ぎながら

      何気なく外を見ると、駐車場のまん中に、大きな観光バスが

      駐車している。

      「ハハァ」と店長は合点した。
       韓国御一行様の御到着である。
      ◇  ◇  ◇
       人口1万2千人の小さなこの町に、全く不つり合いな大きな

      ホテルが町外れの丘の上に建っている。
       有名な神社仏閣もなければお城もない。テーマパークもない、

      デパートもない、酒場もない。

      あるのは緑の山々とまっくらな夜の闇だけの田舎町のホテルの

      どこが面白いのか、けっこう繁昌していて250室が満室という日

      さえあるらしい。

      中でも韓国からのお客はいいおとくいで、

      観光客がツアーを組んでちょいちょいやってくる。

      私達のスーパーは、高速道路のインターチェンジからホテルへ

      向かう通り道にあるので、よく、こうやって立ち寄ってくれるのである。
       

      それはありがたいのだが、何しろ韓国語だ。何を言っているのか

      さっぱり解らない。
       

      「いらっしゃいませ。ご遠方ようこそ」
      「ぺらぺらぺら。グチャグチャグチャ」
      「何をお探しでしょうか」
      「ホアンホアン、ペランペラン、パキパキ」
      「何だろうね。ホワット、ドゥユーウォント」
      「ピョンピョン、グニャグニャ」
       全然解らない。店長のブロークン英語も、

      てんで通じるふうでもない。

      ガイドさんが居るはずだが、どこに居るのだろうと店内を

      見回していると、それまで黙って見守っていた女性の売場主任が、
      「もしかすると、野菜の皮むき器かも知れません」
      と言った。


       なる程、ぺらぺらとまくし立てているおばさんの手が、

      皮むき器で大根の皮をむくようなしぐさをしている。
      「あ、そうのごたるね。なんだ、皮むき器か、ハイ、

      どうぞこちらへ」
       

      店長が台所用品売り場の方へ歩き出すと、

      うれしそうに笑いながら、ハデハデおばさん達がぞろぞろと後に続いた。
       

      (はるばる日本まで来て、野菜の皮むき器なんか買うて行くとか。

      まちっとましな物ば買えば良かて、だいいち、

      観光土産に皮むき器なんておかしかよなー)と、

      大きなお世話だと叱られそうなことを考えながら見ていると

      件のおばさん達は、360円也の皮むき器を指さしながら

      ガチャガチャ言っている。

      どうやら高いと言っているらしいので、

      それではと店長は、百円均一の売場へ移動した。
       

      そこへ4本の皮むき器が置かれているのを認めるや否や、

      電光石火の速さで4本の手が掴み取った。
      取れなかったおばさんはブーブー言うが、無い物はしかたがない。

      だいたい、そんなたまにしか売れない物は担当者も

      少ししか仕入れないのである。
      大型バスで野菜の皮むき器を買いに来る人達が居るなどと、

      考える方がおかしいと言うものだ。
       

      主任が360円也の商品を持って来て、
      「コッチノ、ホウガ、ジョートーデース」と

      変なイントネーションで勧めたが首を横に振る。

      高いのはいらないと言っているらしい。セコいヤツだなぁ。

      うまいこと皮むき器を手に入れたおばさん達は、

      野菜の皮をむくしぐさをしながら、「ベンリ、ベンリ」と言い、

      意気揚々と引上げて行った。
      ◇  ◇  ◇
      「わざわざ日本の、こげー田舎町までやって来て、

      妙なもんば買うて行くなあ」と、呆れて見送っていると、

      主任がやって来て「この前はね。髪染めだったのよ」と言う。
       余談だがこの人は東京から引っ越して来て、

      この店でただ一人の東京弁の人である。
      「やっぱり今日みたいに大型バスでやって来てね」
      わからない言葉でわあわあ言いながら、

      ヘアケア用品の売場へ直行した。

      おかしいのは、欲しがる商品が同じメーカーの同じ価格の

      同じ色でないといけないことで、まるで、

      皆と同じようにしていないといじめに会う小学生みたいだ。

      それだとやはり、今日の様に数が不足する。

      買えなかった人はブーブー言い、買えた人は意気揚々と引き上げる。

      毎度おんなじパターンである。
      「でもね、良い歳をして可愛いのよ。

      一行の中にその日がお誕生日の人がいてね」
      デコレーションケーキが欲しいと言った。

      自慢ではないが、こんな田舎町のスーパーに、

      そんな物がある訳がない。

      申し訳ございませんがと断ったが、どうしても欲しいと言う。

      そこでケーキ担当の女性が一計を案じた。

      三角形のショートケーキを色どり良く集め、

      ぐるりと丸い形に並べたのである。

      一見、デコレーションケーキそっくりになった。

      これだとナイフで切る必要もない。

      ホテルの部屋でお誕生会をするには便利でしょうと、

      ガイドに通訳してもらったら
      「これで良い、これで良い。ベンリ、ベンリ」
      と大喜びで買って行った。もしかすると、

      この時「便利」という言葉を覚えたのかも知れない。
                 ◇  ◇  ◇
       ホテルの部屋で飲んで騒ぐつもりか、

      缶ビールやおつまみやお菓子をしこたま買い込んだ

      おじさんおばさんを乗せて、バスはしずしずと動き出した。
      あ、窓から皮むき器を持った手を出して振っている人がいる。
      「ありがとうございましたー。また来てねー」

      と私は大きな声で叫んで手を振った。

       

       

       

       

       

       

       

       

      作 荒木紀代子 画 やまだしんご
      〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.31 より転載〕

       

       

       

      Vol.8 会長と店長はどっちが偉いか

      2010.01.19 Tuesday

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        会長と店長はどっちが偉いか1
        会長と店長はどっちが偉いか2

         

         

         

         

        その? 会長と店長はどっちが偉いか


        「会長と店長はどっちが偉いか」
        私の働くスーパーの従業員達の口にしばしば登る話題である。
        「そら、会長くさ」誰もが異口同音に答える。
        「何たっちゃ、会長なんやけん」
        「わん、わん。わわん、わん」と、会長が嬉しそうに吠える。
        「ほらね。そう、そうて言いよる」
        「そんなら会長さん、お願いします。私の給料ば、ちょっとでいいけん上げてください」
        「うー、わん、わん」
        「よし、わかったて言いよらすよ。良かったね」
         昼休みのひと時、従業員通用口脇の犬小屋の前に、数人の女子従業員がたむろしてきゃっきゃと笑いころげている。彼女らの手から大好物のドッグフードをもらって、会長もご機嫌でシッポを振っている。のどかな春の日の、のどかなスナップである。
                    ◇  ◇  ◇
        今でこそ「会長」だが、この犬は3年前は野良犬だった。痩せ衰えて体毛にツヤもなく、うす汚れてスーパーの回りをウロウロと歩き回っていた。
        元は人に飼われていたらしく人懐こく、店に出入りするお客さん達をキラキラと光る瞳で見上げては、誰にも彼にもシッポを振っていた。
         犬の好きな人はいいが、嫌いな人も多いのにこんな汚い野良犬がうろうろしていたのでは、店の営業にもさしつかえると、店長はさっそく棒切れを持って行って「シッ、シッ」と追っ払ったが、店長が店の中へ引っ込むと、またトコトコとやって来て自動ドアの前に座っている。そして、お客さんがやって来ると近寄って行ってシッポを振るのである。追っても追っても舞い戻ってくる。3日間の攻防の末に、とうとう根負けした店長は「飼うしかない」と覚悟を決めた。
        「えっ、スーパーが犬を飼うの」
        「しかたがないじゃないか。どんなに追い払っても出て行かないんだから」
        「だって、スーパーが犬を飼うなんて聞いたこともないですよ」
        「じゃあ放っとくのか。犬の嫌いなお客さんはどうするんだ。出入り口に座って動かないのに」
         かくて野良公はスーパーの飼い犬となった。企業が飼い主の犬なんて前代未聞である。しかも、あろうことか「会長」という名前がついた。今や、「会長室」とプレートのかかった犬小屋にふんぞり返って、通用口から出入りする従業員のみんなから
        「会長、おはよう」
        「会長、さよなら」と挨拶を受ける身分である。
                     ◇  ◇  ◇
         会長室には、毎日すごいご馳走が差し入れられる。もちろん、全部賞味期限切れではあるが、精肉部からは上等の肉、鮮魚部からは刺身、惣菜部からは鶏レバーの煮たのやトンカツ、から揚げ、犬好きのお客さんは、わざわざ会長のためにちくわや天ぷらを買って、会長室へやってくる。みるみるうちに会長は太り、毛並みは艶々と美しく、堂々たる犬になった。すっきりとした鼻すじ、切れ長の双眸は澄んで、よくよく見ればどうして、なかなかのハンサムである。吠える声も低く、太く、ドスが効いていてえらく強そうだ。しかし気立ては優しく人懐っこいので誰からも好かれる。会長室の前を通って登下校する子供たちからは、「会長、会長」と親しまれ、納品に来る業者さん達も皆、
        「こんにちは、会長。お世話になります」と、声をかける。いつの間にやらスーパー一の人気者になっている。
         そんなに大事にされても、会長は、毎日毎日ただご馳走を食べて昼寝をするしか能がない。
        「ちっとは仕事もしてもらわにゃ。会長なんやけん」
        という皆のブーイイングに応えて、店長は、店の回りに住みついている野良猫を追っ払う役目を会長に与えた。毎朝の散歩の後に、数分間だけ鎖を外されると、会長は嬉々として走り回り野良猫達を追い散らす。おかげで、我が物顔にのさばって、月一回の生鮮市の時など、鮮魚部の商売物の魚をかっぱらったりしていたゴロツキ猫達がすっかり鳴りをひそめた。
        「さすが会長だけのことはある。役に立つじゃないか」と皆は大喜びだが、実はもうひとつ、隠れた功績があるのだと店長は言う。
         最近、近隣のスーパーやパチンコ店などが何店舗も強盗の被害に遭った。いずれも、閉店時に押し入られてその日の売り上げを奪われている。私達のスーパーは、閉店時には必ず男性が3人は居合わせるように気をつけているが、わんわん吠える会長の野太い声が、どれだけ強盗防止に役立っているか知れないというのだ。なるほどそうかも知れないと私も思う。出入り口のすぐそばに、こんな強そうな犬に頑張っていられては、強盗氏も考えることだろう。そういう事なら、この犬の会長就任は大正解だったわけだ。
         それやこれやを考え合わせて、
        「確かになあ、店長より会長の方が偉いかも知れんなあ」と、妙に納得している今日この頃の私なのである。

         

         

         

         

         

         

        作 荒木紀代子 画 やまだしんご
        〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.30 より転載〕

         

         

        Vol.7 まんまとしてやられた店長の巻

        2010.01.12 Tuesday

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          まんまとしてやられた店長の巻1
          まんまとしてやられた店長の巻2

           

           

           

           

          その? まんまとしてやられた店長の巻


          「もうアタマに来た。あのクソじじい」と店長が怒っている。出来たての饅頭みたいに頭からぽっぽと湯気でも上がりそうな怒りようである。珍しいことだ。だいたいこの男は肝が座っているのかノーテンキなのか、たいていのことでは驚きもせず、「人間生きてりゃこんなこともあるさ」と笑っている人なのだ。
          「いったいどうしたんですか。店長」
          「どうもこうもあるか。人を馬鹿にしやがって、あのヤロー」
          「だから、誰がどう馬鹿にしたのさ」
           怒りまくる店長から、骨を折って聞き出した話は次の通りである。
                   ◇  ◇  ◇
          よく買い物に来てくれる顔なじみのお客さんがレジへやってきて、
          「ついさっき出て行った男の人ね。どうも、店の品物ばいくつも袋に入れよらしたごたるよ」
          と教えてくれた。
          「えっ。万引きじゃろか」
          「どうもそうのごたる。あ、又来らした」
           見ると、くたびれたシャツにくたびれたズボン、手にはこれも又くたびれた手提げ袋を下げた爺さんが店内へ入って来るところ。
          「ちょっとちょっとみんな。あのお爺さんに気を付けて見とって」
          「あ、マネージャー、いい所へ。あのお爺さん、どうも怪しいです。よく見とってください」
          折しも通りかかったマネージャーも、即、監視体制の中へ組み込まれる。
           ところで、マネージャーとは、支配人とか経営者とかいう意味を持ち、普通、その職場の最高責任者を指す職名のはずだが、こんな田舎のスーパーは職名のつけ方もてんでいい加減で、その時の気分で適当に思いついた職名をつける。このマネージャーはいつも、商品を棚に並べたり補充したり、売り出しの日は大きな声で「いらっしゃい、いらっしゃい、今日はマヨネーズが安いよ。500グラムのキューピーマヨネーズが148円だよ」と、どなるのが仕事である。
           ともあれ、そのマネージャーをはじめ、何人もの従業員が見守る中で、爺さんはおもむろに棚の商品を取って手提げ袋の中へ入れ始めた。このくらい堂々とやられると、皆、呆れてしまって怒る気にもなれないようなものだが、そうかと言って「やるなあ」と笑って見過ごす訳にもいかず、マネージャーはさっそく爺さんをつかまえると事務所へ連れて来て、居合わせた店長に引き渡した。
           初めのうちはガミガミとやかましく叱っていた店長だが、見れば見る程しょぼくれた爺さんが次第に可哀想になって来る。
          「さっきはちょっと頭がボケーッとなっとったごたる。すまんことでした」
          「もう73になりますもん。もうろくしよるとですたい」
          「ひとり暮らしで金もなか。今日も5キロも歩いてここまで来ましたたい」
          哀れっぽい繰り言を並べ、手提げ袋の中から失敬した商品を取り出してあやまる爺さんにもう、それ以上は言えなくなってしまった。
           普通だったら、最も寛大な処置としてでも、身柄引受人を呼んでひとこと説教をした上で引き渡すのだが、この時ばかりは同情してしまって、
          「もうこんな事はしなすなよ。この次は警察に引き渡すけんな」と釘をさして無罪放免とした。
           爺さんはレジで商品の代価を支払うと、店長に何度も頭を下げて店を出た。駐車場をトボトボと歩いて、南の出口のバス停の方へ向かって行く。店長は、(73にもなって一人ぼっちの貧乏暮らしは寂しかろう。可哀想になあ)と思いながら、爺さんが駐車場の外へ出るまで見送った。
                     ◇  ◇  ◇
          「何にも馬鹿になんかしてないじゃん。可哀想なお爺さんを許してあげて、店長いいとこあるじゃないですか」
          「黙って聞け。まだ、この先があると」
           ここまでは良かった。店長の頭に血が昇ったのはこの後である。
           ちょっと一服しようと店の裏へ出たマネージャーがふと向こうの道を見ると、くだんの爺さんが北へ向かって歩いている。おや、さっきの爺さんじゃないかと見ていると、爺さんは店の裏手をぐるーっと回って北の出口から又、駐車場へ入って来た。そしてなんと、そこに停めてあったバイクに乗ろうとするではないか。しかもそのバイクの荷台には、捕まる前に盗んだ商品がごっそりと積まれていた。
           天網恢々疎にして漏らさずとは良く言ったものだ。まんまと店長を欺いて無罪放免となったものの、念入りにうんと回り道をして自分のバイクへ戻る所をマネージャーに見られてしまった。爺さんが今度はマネージャーにぎゅうぎゅうとしぼられた事は言うまでもない。そして、マネージャーからその報告を受けた店長のショックも又、察するに余りある。頭から湯気を出すのも無理はない。無理はないがおかしくてたまらない。くやしがっている店長の前で、ひっくりかえって笑うわけにもいかなくて、こらえる私も相当につらかった。
                  ◇  ◇  ◇
          「あの爺さんな一人暮らしじゃなかですバイ。家にゃしっかり者の奥さんがおって、ガッチリ財布ばにぎっとらす。あんまり小遣いばやらっさんとかも知れんなあ」
           後日、憤懣やる方ない店長から話を聞いた人はそう言った。もしかしたら万引きは、奥さんに頭を押さえられている爺さんのストレス解消の手段だったのかも知れない。
           その後店内で爺さんの姿を見ることがないが、今ごろはストレスが溜まってイライラしているのではないかしら。

           

           

           

           

           

           

          作 荒木紀代子 画 やまだしんご
          〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.29 より転載〕

           

           

          vol.6 「ゆいまるくん」大活躍

          2010.01.05 Tuesday

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            その6 会長と店長はどちらが偉いか(後)
            「ゆいまるくん」大活躍2

             

             

             

             

             

            その? 「ゆいまるくん」大活躍


             出勤すると惣菜部の裏口に「ジャーン」という感じで、

            トンガリ屋根付き巨大円筒型容器が出現していた。

            ドラム缶を3回りも4回りも大きくした鉄製の円筒に黄色い三角屋根が乗り、丁度、寸足らずのサイロを思わせる。
             

             そしてその屋根のてっぺんから、ひと抱えもあるでっかい

            パイプが生え、くねくねとうねって空へ伸びている。

            一体全体何をどうするためのものやら、まるで見当も付かない面妖なしろものである。
             

            「わっ! なん、これ?」
            「じゃが芋ば洗う機械じゃろか」
            「違うごたる。青果部の野菜ばストックしとくもんじゃなかろうか」
            「ひょっとすると、酒販部がドブロクば造って売るとかもしれん」
            「ゾータンのごつ。そら酒税法違反たい」

             

             わいわい言っていると、突然ポッと青いランプが点り、

            ウイーン、ゴットンゴットンとリズミカルな音を立て始めた。
            「きゃつ、何か始めた。何ばしよるとじゃろか」
            大騒ぎである。そこへ、
            「諸君、おはよう」と店長がやってきた。
            「ゆいまるくんを紹介しよう」

             

            ◇  ◇  ◇
             

            一瞬、新入社員かと思った。だが、店長の視線の先にあるのは、

            かのけったいな機械である。
             

            「何ですか、ゆいまるくんて」
            「生ゴミ処理機だ。青果、鮮魚、精肉、惣菜から出る大量の生ゴミを、

            こいつがみんな喰ってくれる」
            「へー」
             

             それは助かる。実際、スーパーという所は商品をおいしそうに、

            美しく、きらびやかに並べるその裏で、

            壮大なゴミの生産所でもあるのだ。

            中でも、毎日生鮮部門が生み出す生ゴミは月に1.7トンもあり、

            その処理は本当にやっかいなのである。

            黒いゴミ袋に一杯つめ込んだ生ゴミを何十個と

            トラックに積んでゴミ処理場へ運ぶのだが、

            暑い季節などは頭がくらくらする程の臭気である。
             

            破損した袋からこぼれ出る汚い汁で衣服や靴を汚したりもする。

            キロ当たり16円の処理費も、ゴミの量が多いから馬鹿にならない

            経費である。

            そんな苦労がすべて解消されるのなら、こんなに有難いことはない。

            面妖だのけったいだのと、本当に失礼なことを申し上げた。

            ゆいまる様々である。
             

            「ちょっとゆいまるくんの仕事ぶりを見せてあげよう」

            と店長は、厳重に施錠されている機械の扉を開けた。

            内部いっぱいに茶褐色のもこもこした土が入っていて、

            ぽっこんぽっこんと盛り上がりながら規則正しいリズムで

            ドラムの中を回っている。

            その土のまん中に太い煙突のようなものがニョッキリと立っていて

            てっぺんから絶え間なくバサッバサッと土をはき出している。

            ためしに、そこらから拾って来た野菜クズを入れてみたら、

            土の中に浮いたり沈んだりしながら煙突の周囲を

            ひと回りしたあたりで見えなくなってしまった。

            察するところ、このドラムの中へ放り込まれた生ゴミは、

            土と一緒に回りながらこの煙突の中へ吸い込まれ、

            ズタズタに裁断されて上部からはき出されるしくみであるらしい。
             そのあとは、土の中にウヨウヨしている微生物が

            寄ってたかって分解してしまうのだそうな。

             

            この土は有機農業を営む農家の人が取りに来て畑の肥料として利用する。

            上等の肥料で、作物が良く出来ること受け合いだという。
             

            「そうかも知れん。肥料というても材料がすごいよね。

            賞味期限は過ぎとっても上等の肉やろ。刺身やろ。

            すし、弁当、果物だもんね」
            「ぜいたくなヤツ。私なんか、そんなのめったに買えん」
            「ひがむな。ともかくこれまでは捨てられるしかなかった

            生ゴミがもう一度世の中の役に立つ訳だ。

            おまけに悪臭や重労働からも開放される。

            その上に経費まで節減する。良い事ずくめだろう。

            みんな、ゆいまるくんが機嫌よく働いてくれるように可愛がってやってくれ」
             店長の言葉に、皆いっせいにこっくりとうなずいた。

             

            ◇  ◇  ◇
             

             ゆいまるくんのお母さんという人がいる。

            農家に有機農業の指導をする立場の人で、

            れっきとした男性なのになぜお母さんかというと、

            まるで母親が子供を慈しむように優しくゆいまるの世話をするからである。

            ゆいまるがストライキをして動かなくなるとすぐさまとんで来て、
            「どうしたと。どこが痛かと。何が気に入らんと」
            とあやしながら修理をする。
            「食べ物が大切ですからね。

            紙やプラスチックの切れっ端が入らないように気をつけてくださいよ。

            金気なんぞ絶対に食べさせてはいけませんよ」

            と私たちにうるさく言う。

            そしてゆいまるがせっせと作った肥料をダンボールに詰めて運んで行く。

            あの人のことだから、肥料を畑にまくながら
            「ゆいまるくんがこんなに良い肥料を作ってくれたからね。

            たくさん食べて大きくなるんだよ」
            などと、野菜に話しかけているのではあるまいか。

            想像するとおかしくて私は笑ってしまう。
             

            「ゆいまるの肥料でこんなに立派なものができました」と、

            みずみずしく美しいトマトやナスを持って来ることもある。

            ゴミから作られた肥料でこんなに立派な野菜が出来るのかと、

            皆感動する。
             

             これまでやむをえないこととは言いながら毎日毎日膨大な量の

            ゴミを出し続けることに誰もがつらい思いをしていたので、

            こんなふうにゴミが役に立ってくれるとうれしくてたまらない。

            うちの店は環境に優しい店だという誇りのようなものも生まれて来る。
             

             最近テレビのニュースで大手コンビニが生ゴミの処理に

            取り組む様子が報道された。

            私達の小さなスーパーは、今や国家的課題であるこの分野で、

            大手より一歩先を歩いている訳で実に愉快である。

            スーパーで働く喜びは、単に、ものをたくさん売り上げるだけではないことを、

            私はここで働くようになっていろいろと知った。

            つらいことも多いが、こういう小さな感動が、

            それらを帳消しにしてくれる。
             

             そういう訳で、従業員みんなの感謝の心と、

            有機農業に情熱を燃やすお百姓さん達の期待を一身に受けて、

            ゆいまるくんは今日も、ウイーン、ボッコンボッコンと機嫌よく

            働いて上等の肥料を生産し続けているのである。

             

             

             

             

             

             

             

             

            作 荒木紀代子 画 やまだしんご
            〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.28 より転載〕