Vol.7 まんまとしてやられた店長の巻

2010.01.12 Tuesday

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    まんまとしてやられた店長の巻1
    まんまとしてやられた店長の巻2

     

     

     

     

    その? まんまとしてやられた店長の巻


    「もうアタマに来た。あのクソじじい」と店長が怒っている。出来たての饅頭みたいに頭からぽっぽと湯気でも上がりそうな怒りようである。珍しいことだ。だいたいこの男は肝が座っているのかノーテンキなのか、たいていのことでは驚きもせず、「人間生きてりゃこんなこともあるさ」と笑っている人なのだ。
    「いったいどうしたんですか。店長」
    「どうもこうもあるか。人を馬鹿にしやがって、あのヤロー」
    「だから、誰がどう馬鹿にしたのさ」
     怒りまくる店長から、骨を折って聞き出した話は次の通りである。
             ◇  ◇  ◇
    よく買い物に来てくれる顔なじみのお客さんがレジへやってきて、
    「ついさっき出て行った男の人ね。どうも、店の品物ばいくつも袋に入れよらしたごたるよ」
    と教えてくれた。
    「えっ。万引きじゃろか」
    「どうもそうのごたる。あ、又来らした」
     見ると、くたびれたシャツにくたびれたズボン、手にはこれも又くたびれた手提げ袋を下げた爺さんが店内へ入って来るところ。
    「ちょっとちょっとみんな。あのお爺さんに気を付けて見とって」
    「あ、マネージャー、いい所へ。あのお爺さん、どうも怪しいです。よく見とってください」
    折しも通りかかったマネージャーも、即、監視体制の中へ組み込まれる。
     ところで、マネージャーとは、支配人とか経営者とかいう意味を持ち、普通、その職場の最高責任者を指す職名のはずだが、こんな田舎のスーパーは職名のつけ方もてんでいい加減で、その時の気分で適当に思いついた職名をつける。このマネージャーはいつも、商品を棚に並べたり補充したり、売り出しの日は大きな声で「いらっしゃい、いらっしゃい、今日はマヨネーズが安いよ。500グラムのキューピーマヨネーズが148円だよ」と、どなるのが仕事である。
     ともあれ、そのマネージャーをはじめ、何人もの従業員が見守る中で、爺さんはおもむろに棚の商品を取って手提げ袋の中へ入れ始めた。このくらい堂々とやられると、皆、呆れてしまって怒る気にもなれないようなものだが、そうかと言って「やるなあ」と笑って見過ごす訳にもいかず、マネージャーはさっそく爺さんをつかまえると事務所へ連れて来て、居合わせた店長に引き渡した。
     初めのうちはガミガミとやかましく叱っていた店長だが、見れば見る程しょぼくれた爺さんが次第に可哀想になって来る。
    「さっきはちょっと頭がボケーッとなっとったごたる。すまんことでした」
    「もう73になりますもん。もうろくしよるとですたい」
    「ひとり暮らしで金もなか。今日も5キロも歩いてここまで来ましたたい」
    哀れっぽい繰り言を並べ、手提げ袋の中から失敬した商品を取り出してあやまる爺さんにもう、それ以上は言えなくなってしまった。
     普通だったら、最も寛大な処置としてでも、身柄引受人を呼んでひとこと説教をした上で引き渡すのだが、この時ばかりは同情してしまって、
    「もうこんな事はしなすなよ。この次は警察に引き渡すけんな」と釘をさして無罪放免とした。
     爺さんはレジで商品の代価を支払うと、店長に何度も頭を下げて店を出た。駐車場をトボトボと歩いて、南の出口のバス停の方へ向かって行く。店長は、(73にもなって一人ぼっちの貧乏暮らしは寂しかろう。可哀想になあ)と思いながら、爺さんが駐車場の外へ出るまで見送った。
               ◇  ◇  ◇
    「何にも馬鹿になんかしてないじゃん。可哀想なお爺さんを許してあげて、店長いいとこあるじゃないですか」
    「黙って聞け。まだ、この先があると」
     ここまでは良かった。店長の頭に血が昇ったのはこの後である。
     ちょっと一服しようと店の裏へ出たマネージャーがふと向こうの道を見ると、くだんの爺さんが北へ向かって歩いている。おや、さっきの爺さんじゃないかと見ていると、爺さんは店の裏手をぐるーっと回って北の出口から又、駐車場へ入って来た。そしてなんと、そこに停めてあったバイクに乗ろうとするではないか。しかもそのバイクの荷台には、捕まる前に盗んだ商品がごっそりと積まれていた。
     天網恢々疎にして漏らさずとは良く言ったものだ。まんまと店長を欺いて無罪放免となったものの、念入りにうんと回り道をして自分のバイクへ戻る所をマネージャーに見られてしまった。爺さんが今度はマネージャーにぎゅうぎゅうとしぼられた事は言うまでもない。そして、マネージャーからその報告を受けた店長のショックも又、察するに余りある。頭から湯気を出すのも無理はない。無理はないがおかしくてたまらない。くやしがっている店長の前で、ひっくりかえって笑うわけにもいかなくて、こらえる私も相当につらかった。
            ◇  ◇  ◇
    「あの爺さんな一人暮らしじゃなかですバイ。家にゃしっかり者の奥さんがおって、ガッチリ財布ばにぎっとらす。あんまり小遣いばやらっさんとかも知れんなあ」
     後日、憤懣やる方ない店長から話を聞いた人はそう言った。もしかしたら万引きは、奥さんに頭を押さえられている爺さんのストレス解消の手段だったのかも知れない。
     その後店内で爺さんの姿を見ることがないが、今ごろはストレスが溜まってイライラしているのではないかしら。

     

     

     

     

     

     

    作 荒木紀代子 画 やまだしんご
    〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.29 より転載〕

     

     

    vol.6 「ゆいまるくん」大活躍

    2010.01.05 Tuesday

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      その6 会長と店長はどちらが偉いか(後)
      「ゆいまるくん」大活躍2

       

       

       

       

       

      その? 「ゆいまるくん」大活躍


       出勤すると惣菜部の裏口に「ジャーン」という感じで、

      トンガリ屋根付き巨大円筒型容器が出現していた。

      ドラム缶を3回りも4回りも大きくした鉄製の円筒に黄色い三角屋根が乗り、丁度、寸足らずのサイロを思わせる。
       

       そしてその屋根のてっぺんから、ひと抱えもあるでっかい

      パイプが生え、くねくねとうねって空へ伸びている。

      一体全体何をどうするためのものやら、まるで見当も付かない面妖なしろものである。
       

      「わっ! なん、これ?」
      「じゃが芋ば洗う機械じゃろか」
      「違うごたる。青果部の野菜ばストックしとくもんじゃなかろうか」
      「ひょっとすると、酒販部がドブロクば造って売るとかもしれん」
      「ゾータンのごつ。そら酒税法違反たい」

       

       わいわい言っていると、突然ポッと青いランプが点り、

      ウイーン、ゴットンゴットンとリズミカルな音を立て始めた。
      「きゃつ、何か始めた。何ばしよるとじゃろか」
      大騒ぎである。そこへ、
      「諸君、おはよう」と店長がやってきた。
      「ゆいまるくんを紹介しよう」

       

      ◇  ◇  ◇
       

      一瞬、新入社員かと思った。だが、店長の視線の先にあるのは、

      かのけったいな機械である。
       

      「何ですか、ゆいまるくんて」
      「生ゴミ処理機だ。青果、鮮魚、精肉、惣菜から出る大量の生ゴミを、

      こいつがみんな喰ってくれる」
      「へー」
       

       それは助かる。実際、スーパーという所は商品をおいしそうに、

      美しく、きらびやかに並べるその裏で、

      壮大なゴミの生産所でもあるのだ。

      中でも、毎日生鮮部門が生み出す生ゴミは月に1.7トンもあり、

      その処理は本当にやっかいなのである。

      黒いゴミ袋に一杯つめ込んだ生ゴミを何十個と

      トラックに積んでゴミ処理場へ運ぶのだが、

      暑い季節などは頭がくらくらする程の臭気である。
       

      破損した袋からこぼれ出る汚い汁で衣服や靴を汚したりもする。

      キロ当たり16円の処理費も、ゴミの量が多いから馬鹿にならない

      経費である。

      そんな苦労がすべて解消されるのなら、こんなに有難いことはない。

      面妖だのけったいだのと、本当に失礼なことを申し上げた。

      ゆいまる様々である。
       

      「ちょっとゆいまるくんの仕事ぶりを見せてあげよう」

      と店長は、厳重に施錠されている機械の扉を開けた。

      内部いっぱいに茶褐色のもこもこした土が入っていて、

      ぽっこんぽっこんと盛り上がりながら規則正しいリズムで

      ドラムの中を回っている。

      その土のまん中に太い煙突のようなものがニョッキリと立っていて

      てっぺんから絶え間なくバサッバサッと土をはき出している。

      ためしに、そこらから拾って来た野菜クズを入れてみたら、

      土の中に浮いたり沈んだりしながら煙突の周囲を

      ひと回りしたあたりで見えなくなってしまった。

      察するところ、このドラムの中へ放り込まれた生ゴミは、

      土と一緒に回りながらこの煙突の中へ吸い込まれ、

      ズタズタに裁断されて上部からはき出されるしくみであるらしい。
       そのあとは、土の中にウヨウヨしている微生物が

      寄ってたかって分解してしまうのだそうな。

       

      この土は有機農業を営む農家の人が取りに来て畑の肥料として利用する。

      上等の肥料で、作物が良く出来ること受け合いだという。
       

      「そうかも知れん。肥料というても材料がすごいよね。

      賞味期限は過ぎとっても上等の肉やろ。刺身やろ。

      すし、弁当、果物だもんね」
      「ぜいたくなヤツ。私なんか、そんなのめったに買えん」
      「ひがむな。ともかくこれまでは捨てられるしかなかった

      生ゴミがもう一度世の中の役に立つ訳だ。

      おまけに悪臭や重労働からも開放される。

      その上に経費まで節減する。良い事ずくめだろう。

      みんな、ゆいまるくんが機嫌よく働いてくれるように可愛がってやってくれ」
       店長の言葉に、皆いっせいにこっくりとうなずいた。

       

      ◇  ◇  ◇
       

       ゆいまるくんのお母さんという人がいる。

      農家に有機農業の指導をする立場の人で、

      れっきとした男性なのになぜお母さんかというと、

      まるで母親が子供を慈しむように優しくゆいまるの世話をするからである。

      ゆいまるがストライキをして動かなくなるとすぐさまとんで来て、
      「どうしたと。どこが痛かと。何が気に入らんと」
      とあやしながら修理をする。
      「食べ物が大切ですからね。

      紙やプラスチックの切れっ端が入らないように気をつけてくださいよ。

      金気なんぞ絶対に食べさせてはいけませんよ」

      と私たちにうるさく言う。

      そしてゆいまるがせっせと作った肥料をダンボールに詰めて運んで行く。

      あの人のことだから、肥料を畑にまくながら
      「ゆいまるくんがこんなに良い肥料を作ってくれたからね。

      たくさん食べて大きくなるんだよ」
      などと、野菜に話しかけているのではあるまいか。

      想像するとおかしくて私は笑ってしまう。
       

      「ゆいまるの肥料でこんなに立派なものができました」と、

      みずみずしく美しいトマトやナスを持って来ることもある。

      ゴミから作られた肥料でこんなに立派な野菜が出来るのかと、

      皆感動する。
       

       これまでやむをえないこととは言いながら毎日毎日膨大な量の

      ゴミを出し続けることに誰もがつらい思いをしていたので、

      こんなふうにゴミが役に立ってくれるとうれしくてたまらない。

      うちの店は環境に優しい店だという誇りのようなものも生まれて来る。
       

       最近テレビのニュースで大手コンビニが生ゴミの処理に

      取り組む様子が報道された。

      私達の小さなスーパーは、今や国家的課題であるこの分野で、

      大手より一歩先を歩いている訳で実に愉快である。

      スーパーで働く喜びは、単に、ものをたくさん売り上げるだけではないことを、

      私はここで働くようになっていろいろと知った。

      つらいことも多いが、こういう小さな感動が、

      それらを帳消しにしてくれる。
       

       そういう訳で、従業員みんなの感謝の心と、

      有機農業に情熱を燃やすお百姓さん達の期待を一身に受けて、

      ゆいまるくんは今日も、ウイーン、ボッコンボッコンと機嫌よく

      働いて上等の肥料を生産し続けているのである。

       

       

       

       

       

       

       

       

      作 荒木紀代子 画 やまだしんご
      〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.28 より転載〕

       

       

       

      vol.5 山ほど入荷した牛乳のこと

      2009.12.22 Tuesday

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        山ほど入荷した牛乳のこと(前)
        山ほど入荷した牛乳のこと2

         

         

        その? 山ほど入荷した牛乳のこと


         「て、て、店長、タ、タ、大変」
         朝一番、ベテランの日配部門牛乳担当のおばちゃんが

        ドタバタと事務所へ駆け込んで来た。
         

        「ど、ど、どうしたの」
        つられて店長もどもる。
        「牛乳が、牛乳が・・・・・・」
        「牛乳がどうした」
        「山ほど来たあ」
         すっ飛んで売り場へ出てみると、本当に、

        1リットルパック十二本入り牛乳ケースが六十個、

        見る人を圧倒する迫力で積み上げられている。
         

        「・・・・・・」
         声もなく牛乳の山を見上げ、事務所へ取って返して

        EOS(エレクトリックオーダーシステム)の発注データを

        確認すると、六十本と記入するはずのところを、

        六十ケースと記入しているのだ。
         

        「む、む・・・・・・」と店長はうなった。
         配送する側のミスなら良いがと思っただろうが

        、明らかに牛乳係の発注ミスである。配送センターは

        間違いなく、きちんと注文通りの仕事をしたのだ。

         

        六十ケースといえば七百二十本である。

        並べておけばそのうち売れるだろうという数ではない。
        牛乳係は唖然と宙を見つめ、無責任者の私は

        (さあ大変ですよ。これは事件ですよ。どうする、どうする?)と、

        心の中でわくわくする。
         

        しかし店長は素早く立ち直った。
        「なーに。七百二十本じゃないか。そんなもん、

        ちょっと頑張りゃ売れる、売れる」
         

        ◇  ◇  ◇
         

        まず、売り場に並べられるだけの牛乳を並べ、

        破格の安値をつけた。一パック百二十八円。

        もちろん赤字覚悟である。残りの牛乳を冷蔵庫の

        床から天井まで積み上げると電話に取り付いて、

        友人知人取引先、商工会の仲間達に片っ端から「

        牛乳買って。安くしとくよ」コールをかけまくる。

         

        牛乳係は各部門を軒並み襲って、
        「ゴメン。頼むけん牛乳買って。安くしとくけん」

        と頭を下げ、言葉は丁寧だが「買わんとは言わせんゾ」

        という迫力で押し売りをする。

        開店前に早くも二百五十本を売りさばいた。

        たいしたものだ。
         

        開店すると、館内放送のチャイムがピンポンと鳴り響き、
        「お客様にご案内申し上げます。本日、牛乳係の発注ミスで

        牛乳が大量に入荷致しました。

        一パック百二十八円の超お買い得価格でご奉仕致しておりますので、

        お買い求めくださいますよう、ご協力をお願いいたします」と、

        店長の声が流れて来たのには恐れ入った。

        牛乳係はさぞかし小さくなったことだろう。
         

        面白かったのはその時のお客さんの反応で
        「あーらら。あぎゃんこつば言いよらす。

        お願いさすなら買わにゃんたい」と笑って、

        牛乳売り場の方へカートを押して行くのだ。

        これには心底驚いた。
         

        「地域密着スーパー」を標榜し、常日頃、

        お客さんとコミュニケーションを何よりも大切にする店長の営業方針が、

        こういう時に力を発揮するのだろう。

        ちょっぴり店長を見直した。
         

        ◇  ◇  ◇
         

        「うちで働いている人達にあげるから」と言って、

        三十本、五十本とまとめて買ってくれた経営者の人達の所へ

        走り回って牛乳を配達し、売り場の牛乳は面白いように売れ、

        従業員達は皆、明日は我が身と牛乳係に同情して二本三本と

        買ってくれたので、

        さしもの牛乳の山も夕方五時ごろにはほとんど無くなった。
         

        わずか二十本ほどの牛乳が並ぶ売り場に立って

        「ざっとこんなもんだ」と店長はいばる。
        「みんな時々発注を間違えろ。目の色を変えて、

        必死になって売ると言う経験を、たまにはした方が良い」などという。

        そうかも知れないが、可哀想な牛乳係は一日中

        痛む胃をおさえながら働いたのだ。

        あんまり精神衛生に良いとは思えない。
         

        次の日から牛乳係は臆病になった。

        必要以上に慎重になり、足りなめ、少なめに発注する。
        「もっとどーんと注文しろ。大丈夫だって。売れるって。元気出せ」

        と店長がハッパをかけるが、
        「残ったらコワい」と、注文を控える。

         

        かくて、店長は今日も
        「まーた牛乳が足らん。夜に来店されるお客さんには

        牛乳が無いじゃないか」と、怒り散らしているのである。

         

         

         

         

         

         

         

        作 荒木紀代子 画 やまだしんご
        〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.27 より転載〕

         

         

         

        vol.4 エビでタイへ行く

        2009.12.15 Tuesday

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          エビでタイへ行く
           

          その? エビでタイへ行く


           吹く風はまだ冷たいが、やわらかな陽ざしがあふれ、あちこちで満開の梅の花便りが
          聞かれる二月二十七日、私の働くスーパーの社長は、タイ、バンコクへと旅立った。
          名目はエビフライとたこ焼きの工場の視察である。
           
           そう、あくまでも名目は・・・・・・。
           鋭い読者はお察しだろう。翌二十八日は、月末の支払日だ。
          世にニッパチと言う通り二月は苦しい月である。売り上げも二十八日分しかない。
          加えて昨今の不景気は深刻で、スーパーもひところのように笑ってばかりは
          いられなくなっている。
           
           苦しい支払いを横目に海外旅行なんて、
          「あんまりだ。そんなの国外逃亡だ」
          「何を言うか。これを見ろ」
           指さすコンピューターの画面は、社長がエクセルで作った
          「資金繰り表」である。
          数日前に銀行に掛け合って借り入れた金額が振り込まれると、
          月末の支払いをすませても尚、残金が出ることになっている。
          「わかったか。ではよろしく」
          「でも心配。銀行の振込みはぎりぎりの二十七日だし、
          おまけに利息を差し引いて振り込んで来るし、
          もし間に合わなかったら、足りなかったらどうしよう」
          「どうにかしなさい。その時は。では行ってくる」
           
           かくして社長はいそいそと出かけて行った。
          予定の中にタイ式マッサージがあるらしい。自分だけ結構なことだ。
           二十八日朝、念のために残高をチェックしてみて腰を抜かした。
          借入金は間違いなく振り込まれていたが、
          それでも支払い金額に足りないではないか。
          どうしよう。社長に文句を言いたくても、
          いまごろバンコクのどこをほっつき歩いていることやら。
           電話も通じない。どうしよう。

          ◇  ◇  ◇ 

          どうしようもなくて、取りあえず店へ帰った。
          事務所の金庫の中を引っかき回したら、社長の個人の預金通帳があった。
          残高を見るとなんとか不足分くらいは払い戻しができる。
          よしよし、印鑑もあるし、ここからお金を出して急場を凌ぐことにしよう。
          帰って来て自分の口座の残高を見たらさぞかし驚くだろうが知ったことか。
           
           それにしても、うなずけないのは資金繰り表だ。
          コンピューターの画面をよくよく見ても、
          確かにお金は足りて残高が出るようになっている。
          預金通帳の出納と照らし合わせても、きちんと合って支出の漏れもない。
          それなのに最終的な金額は通帳の方が少ないのである。
           
           コンピューターが計算を間違えるはずはないしなぁ、
          と思いながら電卓を引き寄せて、ひとつひとつ収支を計算してみたら、
          「あっ」
          計算が違っている。
          コンピューターが計算を間違えているのだ。コンピューターのくせに。
           
          ◇  ◇  ◇ 

           なんて馬鹿なコンピューターだと思ったが調べてみると
          計算式が間違って入力されていた。これでは違って当たり前だ。
          コンピューターはきちんと、言われた通りに計算していたわけである。
          社長が悪い。いや、社長の作った」資金繰り表を信用した私が馬鹿だった。
           
           ドタバタの末に何とか支払いも無事にすませてホッとしたが、
          くやしくてたまらない。
           社長のバカヤロ。夜になったらバンコクのホテルに電話して、
          お金が足りなくて支払いが出来なかったと言ってやろう。
          「空港に借金取りが迎えに行くと思いますよ。
          しばらく日本へ帰って来ない方がいいんじゃないですか」
          といってやろうかしらん。
           青くなるだろうな。いい気味だ。

           
          作 荒木紀代子 画 やまだしんご
          〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.26 より転載〕

          vol.3 売り場にて

          2009.12.08 Tuesday

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            その3 要注意人物(前)
            その3 要注意人物(後)
             

            その? 売り場にて


             スーパーで働くようになって一年程が過ぎた頃のことである。
             私には担当する仕事がなく、
            各部門から「応援たのむ」との声がかかればどこへでも出っ張って行く遊軍なので、
            忙しい時は滅法やたらと忙しいが、
            仕事がなくて日がな一日ポケーッとしている日もある。
            その日もそういう暇な日だった。
             人を見て態度を変える根性曲がりのコンピューターの前に座り
            悪戦苦闘していると、
            エプロンのポケットの中の携帯電話がプルプルとトランシーバーの機能を伝えた。
            「ハイ、何でしょうか」
            「至急売り場へ出てください」
             何事ならんと急いで事務所を出ると、
            売り場へ出るスイングドアのガラス窓に人がたかって、
            ガヤガヤ言いながら店内をのぞいている。
            「どうしたの」
            「要注意人物のご来店たい。
            あの人から目ば離さんで監視してくれ」
            げ、今日はガードマンか。
            指さす相手はたっぷりとした茶の半コートに
            背中まで届くワンレングスの髪をたらした四十代初めくらいのおばさんである。
            「どうしてあの人が要注意人物てわかると」
            「ふだんから挙動不審者としてマークしとったと。
            それに今日はあの服装たい。
            おかしかと思わんか」
             なる程。
            朝夕は肌寒いと言っても日中はまだ半袖のこの季節、
            暑苦しい半コートはいかにも訝しい。
            おまけにそのコートには素晴らしくでっかいポケットが両サイドについている。
            失敬した商品を隠すのに絶好のスタイルだ。
            「了解。万引きなんかさせるもんか」
             かくて、私を含む数名の従業員による、
            万引き防止要注意人物後つけ回し大作戦が始まった。
             要注意おばさんは片手に店内カゴを下げ、早足でセカセカと歩く。
            精肉売り場の前まで来ると、
            商品を眺めるでもなくくるりと回れ右をして今来た通路を引き返す。
            かと思うと突然コーナーを曲がって衣料品売り場へと向かう。
            衣料品売り場をぐるぐると早足で回り、
            今度は冷凍食品のケースへと急ぐ。
            たまに商品を手に取っても、すぐに又棚へ返してしまう。
             一体何を見たいのか、何が買いたいのか、
            その無意味な動きは何だか後ろからくっついて来る私を
            からかうためであるように思えて、いまいましいことこの上もない。
            しかし、店内を歩き回る間にどうやら確実に仕事をしているらしい。
            「ポケットがふくらんで来たごたるね」と言う同僚の言葉に見ると、
            ほんとうにぺちゃんこだったポケットがふくらんでいる。
            何人もの監視の眼の中で、いつの間に・・・・。私はくやしくてたまらない。
            売り場から売り場へ行ったり来たり、
            店内をぐるぐると歩き、私がいいかげんアゴを出したころ、
            要注意おばさんはやっとレジに並んだ。
            ちゃんと買い物したんだよと言わんばかりに、
            若干の商品をレジに通してお金を払っている。
            あのポケットの中に万引きされた商品が入っているのは間違いないんだけどと思っても、
            それは推測でしかないので私にはどうすることも出来ない。
            無念の思いで見送る私の視野の中で要注意おばさんは悠然と店を出て行った。

            ◇  ◇  ◇ 
             
            しかし、彼女の跳梁もそこまでだった。
            車の方へと歩き出した彼女にすっと近寄って行った者がいる。店長だ。
            「恐縮ですが、少々おたずねしたい事がありますので」
            という店長の言葉に従って店内へ戻って来た要注意おばさんは、
            まったく悪びれた様子もなく堂々としていて、
            万引きを疑う私の方がとんでもない間違いをしているのではないかと思う程だ。
             だが、店長室へ連れて行かれて店長とすったもんだの問答の挙句に、
            彼女のコートのポケットからは、
            やっぱりちょろまかされた化粧品が出てきた。
             後になって聞いたところでは、
            店長は彼女が下げている店内かごの中にその化粧品が
            入っていたのを確認していたという。
            それなのにレジで精算した商品に中にそれがなかったのを見て、
            万引きを確信した。
             彼女が精算をすませて店外へ出るのをじっと待ち、
            満を持して声をかけたのである。
                        
            ◇  ◇  ◇ 
            「どうやって化粧品を盗ったのですか」
            「まず棚から取って店内かごに入れる。
            売り場を見て回るふりをしながら、
            人に見られにくい場所へ来た時素早くポケットへ入れる」
            「へー。あったまいいなあ、あのおばさん」
            「つまらん事を感心するな、バカ!」
            「で、どうしたんですか」
             結局、彼女の懇願を入れて警察に引き渡すことはせず、
            二度とこの店へ足を踏み入れないという一札を書かせ、
            今度この店の中で顔を見たら即、警察へ連絡するぞという約束で
            迎えに来た身柄引受人へ引き渡した。
            身柄引受人の方もおばさんと同類の手合で、
            すみませんともご迷惑をかけましたとも言わず、
            ふんぞり返って帰って行ったと言う。
            世の中にはいろんな人間がいるものだ。
            しかし、私の精神衛生上幸せなことに、
            その後、店内で彼女の姿を見ることは絶えてない。

             
            作 荒木紀代子 画 やまだしんご
            〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.25 より転載〕