vol.5 山ほど入荷した牛乳のこと

2009.12.22 Tuesday

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    山ほど入荷した牛乳のこと(前)
    山ほど入荷した牛乳のこと2

     

     

    その? 山ほど入荷した牛乳のこと


     「て、て、店長、タ、タ、大変」
     朝一番、ベテランの日配部門牛乳担当のおばちゃんが

    ドタバタと事務所へ駆け込んで来た。
     

    「ど、ど、どうしたの」
    つられて店長もどもる。
    「牛乳が、牛乳が・・・・・・」
    「牛乳がどうした」
    「山ほど来たあ」
     すっ飛んで売り場へ出てみると、本当に、

    1リットルパック十二本入り牛乳ケースが六十個、

    見る人を圧倒する迫力で積み上げられている。
     

    「・・・・・・」
     声もなく牛乳の山を見上げ、事務所へ取って返して

    EOS(エレクトリックオーダーシステム)の発注データを

    確認すると、六十本と記入するはずのところを、

    六十ケースと記入しているのだ。
     

    「む、む・・・・・・」と店長はうなった。
     配送する側のミスなら良いがと思っただろうが

    、明らかに牛乳係の発注ミスである。配送センターは

    間違いなく、きちんと注文通りの仕事をしたのだ。

     

    六十ケースといえば七百二十本である。

    並べておけばそのうち売れるだろうという数ではない。
    牛乳係は唖然と宙を見つめ、無責任者の私は

    (さあ大変ですよ。これは事件ですよ。どうする、どうする?)と、

    心の中でわくわくする。
     

    しかし店長は素早く立ち直った。
    「なーに。七百二十本じゃないか。そんなもん、

    ちょっと頑張りゃ売れる、売れる」
     

    ◇  ◇  ◇
     

    まず、売り場に並べられるだけの牛乳を並べ、

    破格の安値をつけた。一パック百二十八円。

    もちろん赤字覚悟である。残りの牛乳を冷蔵庫の

    床から天井まで積み上げると電話に取り付いて、

    友人知人取引先、商工会の仲間達に片っ端から「

    牛乳買って。安くしとくよ」コールをかけまくる。

     

    牛乳係は各部門を軒並み襲って、
    「ゴメン。頼むけん牛乳買って。安くしとくけん」

    と頭を下げ、言葉は丁寧だが「買わんとは言わせんゾ」

    という迫力で押し売りをする。

    開店前に早くも二百五十本を売りさばいた。

    たいしたものだ。
     

    開店すると、館内放送のチャイムがピンポンと鳴り響き、
    「お客様にご案内申し上げます。本日、牛乳係の発注ミスで

    牛乳が大量に入荷致しました。

    一パック百二十八円の超お買い得価格でご奉仕致しておりますので、

    お買い求めくださいますよう、ご協力をお願いいたします」と、

    店長の声が流れて来たのには恐れ入った。

    牛乳係はさぞかし小さくなったことだろう。
     

    面白かったのはその時のお客さんの反応で
    「あーらら。あぎゃんこつば言いよらす。

    お願いさすなら買わにゃんたい」と笑って、

    牛乳売り場の方へカートを押して行くのだ。

    これには心底驚いた。
     

    「地域密着スーパー」を標榜し、常日頃、

    お客さんとコミュニケーションを何よりも大切にする店長の営業方針が、

    こういう時に力を発揮するのだろう。

    ちょっぴり店長を見直した。
     

    ◇  ◇  ◇
     

    「うちで働いている人達にあげるから」と言って、

    三十本、五十本とまとめて買ってくれた経営者の人達の所へ

    走り回って牛乳を配達し、売り場の牛乳は面白いように売れ、

    従業員達は皆、明日は我が身と牛乳係に同情して二本三本と

    買ってくれたので、

    さしもの牛乳の山も夕方五時ごろにはほとんど無くなった。
     

    わずか二十本ほどの牛乳が並ぶ売り場に立って

    「ざっとこんなもんだ」と店長はいばる。
    「みんな時々発注を間違えろ。目の色を変えて、

    必死になって売ると言う経験を、たまにはした方が良い」などという。

    そうかも知れないが、可哀想な牛乳係は一日中

    痛む胃をおさえながら働いたのだ。

    あんまり精神衛生に良いとは思えない。
     

    次の日から牛乳係は臆病になった。

    必要以上に慎重になり、足りなめ、少なめに発注する。
    「もっとどーんと注文しろ。大丈夫だって。売れるって。元気出せ」

    と店長がハッパをかけるが、
    「残ったらコワい」と、注文を控える。

     

    かくて、店長は今日も
    「まーた牛乳が足らん。夜に来店されるお客さんには

    牛乳が無いじゃないか」と、怒り散らしているのである。

     

     

     

     

     

     

     

    作 荒木紀代子 画 やまだしんご
    〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.27 より転載〕

     

     

     

    vol.4 エビでタイへ行く

    2009.12.15 Tuesday

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      エビでタイへ行く
       

      その? エビでタイへ行く


       吹く風はまだ冷たいが、やわらかな陽ざしがあふれ、あちこちで満開の梅の花便りが
      聞かれる二月二十七日、私の働くスーパーの社長は、タイ、バンコクへと旅立った。
      名目はエビフライとたこ焼きの工場の視察である。
       
       そう、あくまでも名目は・・・・・・。
       鋭い読者はお察しだろう。翌二十八日は、月末の支払日だ。
      世にニッパチと言う通り二月は苦しい月である。売り上げも二十八日分しかない。
      加えて昨今の不景気は深刻で、スーパーもひところのように笑ってばかりは
      いられなくなっている。
       
       苦しい支払いを横目に海外旅行なんて、
      「あんまりだ。そんなの国外逃亡だ」
      「何を言うか。これを見ろ」
       指さすコンピューターの画面は、社長がエクセルで作った
      「資金繰り表」である。
      数日前に銀行に掛け合って借り入れた金額が振り込まれると、
      月末の支払いをすませても尚、残金が出ることになっている。
      「わかったか。ではよろしく」
      「でも心配。銀行の振込みはぎりぎりの二十七日だし、
      おまけに利息を差し引いて振り込んで来るし、
      もし間に合わなかったら、足りなかったらどうしよう」
      「どうにかしなさい。その時は。では行ってくる」
       
       かくして社長はいそいそと出かけて行った。
      予定の中にタイ式マッサージがあるらしい。自分だけ結構なことだ。
       二十八日朝、念のために残高をチェックしてみて腰を抜かした。
      借入金は間違いなく振り込まれていたが、
      それでも支払い金額に足りないではないか。
      どうしよう。社長に文句を言いたくても、
      いまごろバンコクのどこをほっつき歩いていることやら。
       電話も通じない。どうしよう。

      ◇  ◇  ◇ 

      どうしようもなくて、取りあえず店へ帰った。
      事務所の金庫の中を引っかき回したら、社長の個人の預金通帳があった。
      残高を見るとなんとか不足分くらいは払い戻しができる。
      よしよし、印鑑もあるし、ここからお金を出して急場を凌ぐことにしよう。
      帰って来て自分の口座の残高を見たらさぞかし驚くだろうが知ったことか。
       
       それにしても、うなずけないのは資金繰り表だ。
      コンピューターの画面をよくよく見ても、
      確かにお金は足りて残高が出るようになっている。
      預金通帳の出納と照らし合わせても、きちんと合って支出の漏れもない。
      それなのに最終的な金額は通帳の方が少ないのである。
       
       コンピューターが計算を間違えるはずはないしなぁ、
      と思いながら電卓を引き寄せて、ひとつひとつ収支を計算してみたら、
      「あっ」
      計算が違っている。
      コンピューターが計算を間違えているのだ。コンピューターのくせに。
       
      ◇  ◇  ◇ 

       なんて馬鹿なコンピューターだと思ったが調べてみると
      計算式が間違って入力されていた。これでは違って当たり前だ。
      コンピューターはきちんと、言われた通りに計算していたわけである。
      社長が悪い。いや、社長の作った」資金繰り表を信用した私が馬鹿だった。
       
       ドタバタの末に何とか支払いも無事にすませてホッとしたが、
      くやしくてたまらない。
       社長のバカヤロ。夜になったらバンコクのホテルに電話して、
      お金が足りなくて支払いが出来なかったと言ってやろう。
      「空港に借金取りが迎えに行くと思いますよ。
      しばらく日本へ帰って来ない方がいいんじゃないですか」
      といってやろうかしらん。
       青くなるだろうな。いい気味だ。

       
      作 荒木紀代子 画 やまだしんご
      〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.26 より転載〕

      vol.3 売り場にて

      2009.12.08 Tuesday

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        その3 要注意人物(前)
        その3 要注意人物(後)
         

        その? 売り場にて


         スーパーで働くようになって一年程が過ぎた頃のことである。
         私には担当する仕事がなく、
        各部門から「応援たのむ」との声がかかればどこへでも出っ張って行く遊軍なので、
        忙しい時は滅法やたらと忙しいが、
        仕事がなくて日がな一日ポケーッとしている日もある。
        その日もそういう暇な日だった。
         人を見て態度を変える根性曲がりのコンピューターの前に座り
        悪戦苦闘していると、
        エプロンのポケットの中の携帯電話がプルプルとトランシーバーの機能を伝えた。
        「ハイ、何でしょうか」
        「至急売り場へ出てください」
         何事ならんと急いで事務所を出ると、
        売り場へ出るスイングドアのガラス窓に人がたかって、
        ガヤガヤ言いながら店内をのぞいている。
        「どうしたの」
        「要注意人物のご来店たい。
        あの人から目ば離さんで監視してくれ」
        げ、今日はガードマンか。
        指さす相手はたっぷりとした茶の半コートに
        背中まで届くワンレングスの髪をたらした四十代初めくらいのおばさんである。
        「どうしてあの人が要注意人物てわかると」
        「ふだんから挙動不審者としてマークしとったと。
        それに今日はあの服装たい。
        おかしかと思わんか」
         なる程。
        朝夕は肌寒いと言っても日中はまだ半袖のこの季節、
        暑苦しい半コートはいかにも訝しい。
        おまけにそのコートには素晴らしくでっかいポケットが両サイドについている。
        失敬した商品を隠すのに絶好のスタイルだ。
        「了解。万引きなんかさせるもんか」
         かくて、私を含む数名の従業員による、
        万引き防止要注意人物後つけ回し大作戦が始まった。
         要注意おばさんは片手に店内カゴを下げ、早足でセカセカと歩く。
        精肉売り場の前まで来ると、
        商品を眺めるでもなくくるりと回れ右をして今来た通路を引き返す。
        かと思うと突然コーナーを曲がって衣料品売り場へと向かう。
        衣料品売り場をぐるぐると早足で回り、
        今度は冷凍食品のケースへと急ぐ。
        たまに商品を手に取っても、すぐに又棚へ返してしまう。
         一体何を見たいのか、何が買いたいのか、
        その無意味な動きは何だか後ろからくっついて来る私を
        からかうためであるように思えて、いまいましいことこの上もない。
        しかし、店内を歩き回る間にどうやら確実に仕事をしているらしい。
        「ポケットがふくらんで来たごたるね」と言う同僚の言葉に見ると、
        ほんとうにぺちゃんこだったポケットがふくらんでいる。
        何人もの監視の眼の中で、いつの間に・・・・。私はくやしくてたまらない。
        売り場から売り場へ行ったり来たり、
        店内をぐるぐると歩き、私がいいかげんアゴを出したころ、
        要注意おばさんはやっとレジに並んだ。
        ちゃんと買い物したんだよと言わんばかりに、
        若干の商品をレジに通してお金を払っている。
        あのポケットの中に万引きされた商品が入っているのは間違いないんだけどと思っても、
        それは推測でしかないので私にはどうすることも出来ない。
        無念の思いで見送る私の視野の中で要注意おばさんは悠然と店を出て行った。

        ◇  ◇  ◇ 
         
        しかし、彼女の跳梁もそこまでだった。
        車の方へと歩き出した彼女にすっと近寄って行った者がいる。店長だ。
        「恐縮ですが、少々おたずねしたい事がありますので」
        という店長の言葉に従って店内へ戻って来た要注意おばさんは、
        まったく悪びれた様子もなく堂々としていて、
        万引きを疑う私の方がとんでもない間違いをしているのではないかと思う程だ。
         だが、店長室へ連れて行かれて店長とすったもんだの問答の挙句に、
        彼女のコートのポケットからは、
        やっぱりちょろまかされた化粧品が出てきた。
         後になって聞いたところでは、
        店長は彼女が下げている店内かごの中にその化粧品が
        入っていたのを確認していたという。
        それなのにレジで精算した商品に中にそれがなかったのを見て、
        万引きを確信した。
         彼女が精算をすませて店外へ出るのをじっと待ち、
        満を持して声をかけたのである。
                    
        ◇  ◇  ◇ 
        「どうやって化粧品を盗ったのですか」
        「まず棚から取って店内かごに入れる。
        売り場を見て回るふりをしながら、
        人に見られにくい場所へ来た時素早くポケットへ入れる」
        「へー。あったまいいなあ、あのおばさん」
        「つまらん事を感心するな、バカ!」
        「で、どうしたんですか」
         結局、彼女の懇願を入れて警察に引き渡すことはせず、
        二度とこの店へ足を踏み入れないという一札を書かせ、
        今度この店の中で顔を見たら即、警察へ連絡するぞという約束で
        迎えに来た身柄引受人へ引き渡した。
        身柄引受人の方もおばさんと同類の手合で、
        すみませんともご迷惑をかけましたとも言わず、
        ふんぞり返って帰って行ったと言う。
        世の中にはいろんな人間がいるものだ。
        しかし、私の精神衛生上幸せなことに、
        その後、店内で彼女の姿を見ることは絶えてない。

         
        作 荒木紀代子 画 やまだしんご
        〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.25 より転載〕

        Vol. 2 鮮魚部にて

        2009.09.26 Saturday

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          その2 採算度外視、赤字覚悟?
           

          その? 鮮魚部にて


           「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい、安いよ、やすいよっ。
          今日ばっかりは採算度外視、赤字覚悟の出血大サービスだ。
          さあ買った買った」
           商売人の常套文句である。
          私は長い間、この言葉を大嘘だと思っていた。
          採算度外視、赤字覚悟・・・・・・それで商売が成り立つものか。
          見えすいた出まかせを、臆面もなく・・・・・・。
           しかし、信じられないようなことも世間にはまま、
          あるのだということを、スーパーで働くようになって初めて知った。
           私の働くスーパーは、月に一度「ビッグ生鮮市」という、
          一日限りの大売出しをやる。
           名前のとおり、生鮮食料品だけの安売りである。
          朝早くから店外の駐車場に張ったテントの下に、
          魚や野菜をドカドカと並べ積み上げて、レジも無ければ消費税もない、
          昔ながらの露天商方式で、これが良く売れる。
          開店から一時間ばかりはお客がわっと押し寄せて、
          てんてこ舞いをするので、私も応援に狩り出される。
           鮮魚部からの要請で初めて手伝いに出た日、
          まず、そこら中に並べられたトロ箱の魚に値段をつけていく段階で、
          その安さに度肝を抜かれた。
          赤ちゃんの頭ほどのゆでタコが、ひとつ五百円、
          目の下四十センチもあるハマチが一匹五百円、
          塩サバ一匹百円、塩サンマ五十円、大きなカレイの切身がひとつ五十円、etc、etc・・・・・・。とてものことに利益を出せる数字とは思えない。
          それは正しく、私が主婦として暮らした三十数年の常識を元から覆すものだった。
           商品を並べたり、つり銭の準備をしたり、
          黙々として働いているチーフの傍へにじり寄り、恐る恐る聞いてみる。
          「あのォ、チーフ。これって利益出るんですか」
          「出らん。利益どころか赤字たい」
          「へっ、そんな無茶な。
          商売人が商売して赤字を出してどうするの」
          勿論、あとの言葉は胸の中である。
          しかし、鮮魚のチーフは私の胸の中を見すかしたように、
          にんまりと笑ってこう言った。
          「心配せんでよか。この日ばかりは儲けんでよか、
          損をしてよかと社長に言われとるけん」
                ◇  ◇  ◇
          これはどうも、楽な仕事じゃなさそうだと、覚悟を決めたら案の定、
          まだ開店前の準備段階なのに、もうお客さんが集まってきて、
          「おーい、袋をくれ」
          と、どなったり、もう魚を選んで
          「おーい、これくれ」
          などと私を呼んでいる。
          「開店は九時です。もう少しお待ちください。」
          と声を枯らして叫んでも頼んでも聞かばこそ。
          やむを得ずビニール袋に入れて渡そうとすると
          「まだ開店していないっ」
          とチーフが怒鳴る。板ばさみの私は、ただもうおろおろする。
           開店前からこの調子で、いい加減頭の中が白っぽくなっていたら、
          九時になったとたん、その半端でない忙しさに私はすぐパニックとなり、
          しかも、そのパニック状態のまま計算をし、
          お金を受け取り、おつりを渡している。
          果たして正しく計算が出来ているのやら、
          もしかしたら会社に余分な損害を与えているのかも知れないが知ったことか、
          損をしてもいいというんだものと度胸を決めて
          開き直ったらやっと少し落ち着いた。
          「えーっと。サンマが六匹で三百円、タコがひとつで五百円、
          エビ一袋三百円、しめて千百円ね。
          ありがとうございまーす」
          と袋に入れて渡し、受け取ったお金をじゃらんとバケツの中へ放り込む。
          まことに素朴で昔チックな商売である。
          もう、面白くてたまらない。
           だんだん元気になって来る。
           道路からこの騒ぎを見た走行中の車が
          、何事だろうと駐車場へ入って来た。
           「朝市ですか」
           「そうです。安いですよ。いかがですか」
           「わっほんとに安い。これ、毎朝やってるの」
           「冗談のゴト。こんなもん毎朝やったら、うちの店、すぐ潰れるワ」
          「そうだろうね。安いもんね。今日しかないんなら買っていこうか」
          「ありがとうございまーす」
           採算だの利益だの、
          ややこしい心配をしなくていい気楽な私は面白いばかりである。
                     ◇  ◇  ◇
          陽が高く昇った。
          生鮮市は正午で終わりである。
           「ごくろうさん、疲れたろう」
          と、片付けをしながらチーフが声をかけて来る。
          ゴッつい顔つき、からだつきの一見怖そうなお兄ちゃんだが、
          案外優しい男らしい。
           私の目には、わざわざ損をしているとしか思えないスーパーのこういった催しも
          チーフに言わせると
          「スーパーというものは、月に一度くらい、
          パッと賑わいを作って活気を出さんといかん。
          同じように週に一度、一日に一度と
          ピークタイムを作って盛り上がりを出すことが大切だ。
          それによって店のファンが出来、お客さんが増える」
          のだそうな。
           なるほど、そういうもんか。
          要するにめりはりが大切ということね。
           難しいことはわからないが、
          こんなに面白がっていて商売になるのなら結構なことだ。
          スーパーっていいなあ。
           しかし疲れた。
          しばらく魚の顔は見たくない。
          作 荒木紀代子 画 やまだしんご
          〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.24 より転載〕

          Vol.1 スーパーのおばさんとなる

          2009.08.02 Sunday

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            その1 スーパーのおばさんとなる


            人間の境遇というものは、いつどこでどんな風に変わるか本当にわからない。
            正しく人の世は無常であり、
            ひとりの人間の生涯も常ならぬ有為転変の日々である。
            私も又、運命の糸がどこでどのように折れ曲がったりカーブしたりしたか知らないが、
            五十七才にして漂泊の人生に終止符を打ち、
            四十年振りに生まれ故郷の町へ舞い戻って来た。
            ふるさとは良いものだ。
            幼い頃から朝に夕に慣れ親しんだ山や川やたんぼや商店街のたたずまいが、
            相当に様変わりはしているけれど、
            昔のままの懐かしさでそこにある。
            それらを見ていると、
            自分が長い年月女ひとりで人間の海を泳ぎ渡って来た
            すれっからしであることをつかのま忘れ、
            素直で無垢な少女の頃に返ったような気分になれる。
            この懐かしい故郷の町に、
            いつの間にやら出現していた大きなスーパーマーケットに雇用され、
            かくて、キヨコは思ってもみなかったスーパーのおばさんへと変身を遂げた。

            ◇  ◇  ◇

             

            その?  惣菜部にて


            「明日は3時に仕事にかかります。皆さんよろしく」
            惣菜部のチーフが眉も動かさずに平然と言う。
            言われた部員達も顔色も変えず、
            「はーい」と明るく答える。
            私ひとりが「ぐっ」と息を呑み、
            「ひょ、ひょ、ひょっとして、それ、よ、よ、夜中の三時?」と、どもる。
            そう、夜中の三時なのだ。ひょっとしなくても。
            総勢九名のおばちゃん達、
            長年、一家の主婦として台所に立ち続けたおばちゃん達が、
            豊富な経験と腕で作り出すお惣菜の数々は、
            典型的なおふくろの味で、
            今どきのハイカラ料理のバターやミルクや油の匂いにうんざりした人々に、
            砂漠のオアシスの如きやすらぎを与えるらしく、
            お弁当や鉢盛の注文がひきもきらない。
            お弁当を三百個だのという注文が入れば、
            夜中の三時から始めなければ間に合わないのは理の当然で、
            しかも、こんなことがしょっちゅうあるから驚く者など誰もいはしない。
            私ひとりがじたばたとうろたえ、
            真空状態となった頭の中に、
            三時、さんじ、夜中の三時という文字が点いたり消えたりするのである。

            ◇  ◇  ◇

            家の軒端が三寸さがる丑三つ時の二時三十分。
            一番新米の私は誰よりも早く出勤して店へ入り、
            警備のシステムを解除して先輩たちがやって来るのを待っている。
            二時三十分に出勤するために今朝は一時五十分に起きた。
            自慢ではないが、宵っ張りの朝寝坊は親ゆずりで、
            何が苦手と言って早起きほど苦手なものはない。
            ちりんちりんと音は優しいが、
            しつこくしつこく鳴り続ける目覚まし時計を
            とんかちでぶん殴りたい衝動をやっと押さえて起きた。
            半分眠りながら顔を洗い手さぐりで化粧をし、
            おそらくは福笑いのようなご面相で出勤した。
            厨房に入ると、ごはん炊きロボットがもうシャカシャカと米をといでいる。
            ああ、私ばかりじゃない、あんたも早くから頑張っているのねと話しかけ、
            この広い店内で動いているものといえば私達ふたりだけと思うと、
            何だかご飯炊きロボットが他人じゃないような気がしてくる。
            そうこうするうち、
            次から次へと先輩達が出勤して来て厨房はいっぺんに活気づいた。
            大きな4基の換気扇がゴウゴウとうなりを上げて回転し、
            ずらりと並んだ大鍋がいっせいに真っ白な湯気を上げ始める。
            作業を指示するチーフの声、答える声、調理器具のふれ合う音、
            野菜を刻む包丁とまな板の音、油のはぜる音、
            早朝の厨房はたちまち喧騒の渦の中へと巻き込まれていく。
            あとはもう戦争だ。
            何がどんなふうに進行しているのか、私にはまったくわからない。
            わかるのは、この何が何だかわからない混沌の世界が
            私の新しい職場だということと、
            これからずっと、こうやって働いていくのだということだけである。
            スーパーで働くということが、
            これほどハードだとは正直意外だったがこうなったら乗りかかった船だ。
            何とか無事に向こう岸に着けるよう、一生けんめい頑張ろう!

             
            作 荒木紀代子 画 やまだしんご
            〔庶民が創る ふだん着の 《《投稿専門誌》》 アルファ企画 Vol.21 より転載〕